Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第531夜

プルる



 もう一ヶ月になるが、アメリカの方言学会が、2006 年の言葉 (Word of the Year) として、“Pluto”という動詞を選定した。
 これは、去年の 7 月に国際天文学会で惑星の定義が変更されて、冥王星が惑星ではなく「矮惑星」と分類されたことから、「降格する」という意味で使われるようになったものである。

 ここで持った違和感は、「方言学会」が「ワード・オブ・イヤー」を選定する、ということである。オフィシャルサイトの紹介によれば、「北米英語と他の言語、または、それによって影響を受けたり影響を与えたりする言語の方言」が研究対象の由。ってことは、“satsuma”“kaizen”みたいない日本語から入った英語も研究対象、ってことだろうか。
 プレス リリースによれば、これはお祭りのようで、「学会が選定」で想像されるような堅苦しい感じはないものの様である。日本の流行語大賞の類とそう変わらないのかもしれない。

 これには意外なところに方言ネタがあった。
 冥王星が惑星ではなくなったことによって、惑星の並び方を覚えるためのフレーズ、「水金地火木土天海冥」も「水金地火木土天海」になり、ときおり「水金地火木土天冥海」などと覚えなおす必要もなくなるわけだが、これをなんと発音するか。つまり、「ドテンカイメイ」と「ドテンカイメイ」のどっちか、という対立があることがわかった。
 俺は単に語呂というか語感の違いだと思っていて、逆に、そのニュースで「ドッテン」と発音しているのについて、崩れた感じ、ニュースで使うにはふさわしくない感じを持ったのだが、これが方言差か、という声がいくつかある。
 尤も、これもどうやらいつもの「聞いたことがないから方言」の類のようだ。こういうフレーズに地域差が生じるとは考えにくいからである。
 ただ、元素周期表や、イオン化傾向の順番などは、地域差というか、誰から聞いたか、ということによる違いはあるようだ。これは、惑星の順番が最初の一字を並べただけで済むのに対して、ダジャレ込みにせざるを得ず、したがって、バリエーションが多数発生するためであろう。*1
 また、「ドッテン」の「ッ」に俗語感があり、その結果、「ドテン」に改まった感じが生まれる、というのも理由の一つだろう。「やはり」と「やっぱり」の対照みたいなものである。

 このニュースはあちこちで紹介されているが、この“pluto”という動詞をどう表現するかも色々とバリエーションがある。
 この文章みたいに、“pluto”とするところ、「プルート」「プルーテッド」とカタカナ表記にするところ、もっと踏み込んで「プルートしちゃう」としているところもある。

 日本ではこういうのは出なかったようだ。「冥王星る」「冥王る」「冥る」をググってみたが、このニュースに絡めたものばかりで、天文学会のニュースの時点では存在していないようだ。*2
 これには、冥王星は、唯一、アメリカ人が発見した惑星 (当時) だった、という事情があるのかもしれない。なかなかにショッキングな出来事だったのであろう。
 それに引き換え (という言い方は好きじゃないが)、こっちの新語・流行語大賞は、流行ったものの羅列という感じ。辛うじて「品格」「格差社会」が本がらみの語だということを別にすれば、なんか、それによって人々が何かを考えるきっかけになった、という感じがない。与えられたものを消費するだけの国民なのか。

 この騒ぎで一つ気になったのは、冥王星が「降格」されてしまった、という表現ばかりだったこと。惑星であるということは栄誉なのだろうか。惑星以外に分類されるのは不名誉なことなのだろうか。衛星は取るに足りない存在か? EKBO*3 はゴミか?
 これも自分至上主義というか、地球が惑星だから、まぁ太陽は別格だとしても、惑星が大事、それ以外は二の次、という発想なんだろうと思うと、ちょっと冥く (くらく) なる。
 話題としては強力だったらしく、ネットには色んな文章がとびかっているが、2ch で見つけた「それでも、俺は廻っている」というのが一番、楽しかった。





*1
 一例を挙げると:
貸そうあ、すんな。ぎる
KCaNaMgAlZnFeNiSnPb(H)CuHgAgPtAu
カリウムカルシムナトリウムマグネシウムアルミニウム亜鉛ニッケル水素水銀白金
「か」や「あ」が隣同士になってたりして、苦しいといえば苦しい。 (
)


*2
「冥る」だけは用例がいくつかあるが、どれもこれも専門用語というか内輪語っぽい。意味も読みも全然わからん。
 おそらく「ねむる」と読ませるのだろうな、というのもあったが、俺の手元の辞書ではそういう読み方は見当たらなかった。「冥福」から来てるんだとは思うのだが。まさか、「瞑」の誤字ではあるまい。(
)


*3
「エッジワース・カイパーベルト天体」のこと。
 海王星軌道よりも外側の、天体が密集した地域を「エッジワース・カイパーベルト」と言い、そこにある天体が“Edgeworth-Kuiper Belt Object”で、“EKBO”と略される。(
)





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