Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第520夜

歌丸ばなし



 うなぎ書房から出ている、歌丸が語り、山本進がまとめた、という形の本。中には二人の対談もある。

 寄席芸人の名前が、体裁としては姓+名だが、襲名という習慣を別にしても、名前がダブることはなく姓がなくとも個人を特定できること、姓が違って名前が同じ漫才コンビがいることなど、「人名」とは異なるシステムであることは前に触れた。

 この本を読んでみようと思ったのは、例の尿管結石で医者に通ってるとき (石は 10 月中旬に出た)、持ってった本を読んでしまって、しょうがなく待合室に置いてあった週刊誌を手に取ったら、歌丸の記事が載ってて、笑点で人気になった歌丸と小円遊のやりとりについて、そのケンカをやってれば笑ってもらえたものだから、おかげで芸が荒れた、ということを言っていたのが印象に残ったから。こういう気概のある人の言葉はぜひ触れてみたい、と思って買ってみた。
 決して詳しい方ではないが、正月なんかは寄席中継でテレビの前から離れないし、NHK の「日本の話芸」なんかも時々見る。その癖、全然わかってなかったのだな、と思ったのだが、たとえば、歌丸は今輔に入門したがイザコザがあって最終的には今輔門下の米丸の弟子。中学生の頃、落語家になることを決めたときに見たのが柳昇。
 なにせ俺が寄席芸を見るようになった頃にはすでに笑点が人気番組、そこに並んでいる歌丸を大看板と認識してしまったし、当然、米丸も柳昇もビッグネーム。子供が師弟関係にまで興味を持つわけもなく、その辺の把握は大幅に遅れるわけ。いや、もちろん、歌丸の風貌も関係あるが。当時から、もうすぐ死ぬのなんのとネタにされてたし。

 さて、言葉の話。
 歌丸が横浜出身であることは有名だと思うのだが、本人は、そのため、自分の言葉は訛っている、と思っているようだ。
 確かに、「『〜じゃん』は横浜の言葉」というようなことは今でも言われてるくらいで、横浜に方言がある、というのは知られていることだと思うが、歌丸ほどの名人が「訛っている」と言われるとちょっと違和感。
 まぁ、落語だから江戸時代に話をもっていけば、横浜は品川、川崎と来て三つ目の宿場。つまり三日の距離なわけで、それをベースにした話をやる場合、「訛っている」ということになってしまうのかもしれない。

 で、早速なのだが、「おやかす」。
 怪談噺でよくあるが、太鼓をドロドロ〜と低いところから始めて音を大きくしていく。これを「おやかす」と表現している。もちろん、編者の注釈はある。
 ちょっと調べてみたら、これは「生やかす」と書くらしい。「はえさせる」と解釈すれば、これが「大きくなる」という意味に使われるのも納得がいく。秋田でも、「はえてくる」ことを「おえる」、「成長する」ことを「おがる」という。
おやかす」のウェブでの用例はあんまり多くないが、ありがたいことに寄席関係のエピソードがヒットする。それが艶っぽい話題であることも寄席らしくてよい。

「番度」は「ばんたび」と読む。「いつも」「毎度毎度」という意味。
 ググってみたら、これまたほとんど用例はないが、群馬、茨城、静岡と、東京の周辺地域が見つかった。

しくじる」というのが何度か出てくる。歌丸と今輔との間のトラブルで使われているのだが、どうも単に「失敗した」というのではなく、もっと深刻で致命的なニュアンスがあるような気がする。話題のせいだろうか。

 実は、見るからに方言、というのはこれくらいしか見当たらない。「マジで」というのが一度だけ出てくるのだが、これがわざとなのか、それとも普段からそういう言葉遣いなのかは不明。
 あ、「くたぶれる」はあった。
 後は、寄席の内輪の言葉のオンパレード。当然だが。これもかなり楽しい。
 客の数を「 (そく)」という単位で表現している。大辞林には「江戸時代、商人が用いた符牒。一・十・百・千などの数を表す」とあるが、歌丸が釣り好きなのも有名だから、あるいは「釣りで、一〇〇尾をいう。一束」の方かもしれない。
膝代わり」は「トリ」の直前の出番をいい、「トリ」を引き立てるために、紙切りや曲芸などで軽めかるにぎやかにやる。ちなみに、一番最初 (というか前座) を「開口一番」と言う。
 高座を休むことは「席をヌく」、早い出番のことを「サラ」。あるいは、トップのことか。
 助演者のことは「スキ」。これはひょっとしたら「たすける」が変化したものではないだろうか。

 対談で、落語なんて聞いたこともない、という人もいるが、妙に詳しい人もいる。そういうのはやりにくいだろう、と問われて、やりにくい客がいるな、というところでやれるのでないとプロではない、と答えている。聞いたこともない、という人でも呼び込めるようではなければ芸人ではない。
 すばらしい心構えである。
 芸人がエラい人を揶揄するのはよくあることだが、校長や教育委員会や文部省や内閣府は、彼らの爪の垢でも煎じて飲むがよい。
 役に立たない、とか言われるぞ。

 勉強しなおしてまいります…。




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