Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第509夜

ヤザネアダ



 秋田県では、「交通安全に関する作品コンクール」というのを実施しているのだが、その中で、65 歳以上を対象とする、秋田弁での交通安全標語というのがある。
 その最優秀賞に選ばれたのが、「やざねあだ 酒飲で乗るのは 自転車も (自転車も、酒を飲んで乗ってはならないのだ)」という標語。
優秀作と佳作も並べてみる。
黒ふくで 夜ダバあまり歩がねほえ (夜は黒い服ではあまり歩かないほうがいい)」
うるだぐな よぐ見れシンゴまだ赤だ (慌てるな。信号をよく見ろ。まだ赤だ)」
まんづいかべ そたら気持ちが事故にあう (まあいいだろう。そんな気持ちが事故にあう)」
反射材 着けだじっちゃんスターだしゃ (反射材をつけたおじいさんはスターだねぇ)」
ほじつけれ おめばり走るけんどでね (気をつけろ。あなただけが走る道ではない)」
自転車で べろっと出だらあぶねべだ (自転車で飛び出したら危ないじゃないか)」
えふりこで そげたにスピード出すもでね (格好をつけて、そんなにスピードを出すものではない)」
 それにしても、「交通安全に関する作品」とはまた漠然とした表現だな。

 新聞発表は 7 月の下旬だったが、テレビのニュースになったのはお盆の頃。まぁ、緊急性のないニュースだから、放送時間が余るまでうるがしておいたのにちがない。
 NHK のアナウンサーはこれを
   ざね
 と読んだ。
 まるで植物の名前かなんかのようなので、今回の文章のタイトルにしてみたわけだが、正確には
   ざねあ
 となる。

 なぜ秋田弁で読まなかったのか、という疑問が当然、生まれる。
 これにはまず、アナウンサーがネイティブであることは滅多にない、という事情がある。現地採用のアシスタントだと地元のこともあるが、アナウンサーはまず他県出身である。*1
 NHK の場合は転勤という制度があるからだが、県単位の民放も似た傾向はある。アナウンサー志望者が、全国の放送局を受験するからである。
 さらに、バラエティならともかく、ニュースでアナウンサーが方言丸出しにすることに対する抵抗、ということもあるだろうと想像される。放送局側にもあるだろうし、視聴者側にもあるはずだ。もし、アナウンサーがネイティブの指導を受けてちゃんと秋田弁で読んだら、絶対に電話が行ったと思う。発音が違う、というのではなく、方言でやるとは何事か、という抗議が。

 さて、読み方の方に移る。
 この
   ざね
 というイントネーションは、「自分にとって未知の単語は、高い音で発音し、後ろから二番目の音で下げる」という日本語の音韻上のルールにのっとっている。したがって、秋田弁ネイティブでない人が読んだら、相当の割合でこのイントネーションになる。
 新聞の科学面や国際面、あるいは百科事典でもいいが、自分の知らないカタカナ語を見つけて、それを声に出して読んでみるとわかる。ほぼ間違いなく、そういうパターンになるはずだ。
 つまり、アナウンサーたちにとって、「やざねあだ」は未知の単語だった、ということか。
 佳作の「ほじつけれ」は、「ほじ」を「つける」という表現なのだということが理解されれば、
   つけ
 あたりになるかもしれない。「ほじ」はともかく、「つける」という単語は既知だから。

やざねあだ」の標語の後半、「酒飲で」は「さげの」という音になる。ただし、音数は 4 つである。秋田弁はシラビーム方言なので、「ん」を一人前の音とはカウントしない。佳作の「シンゴ」「まんづいがべ」「出すもでね」も同様である。
 ただし、こうした音は、「ないもの」とはされていないことには注意が必要だ。「信号」は、シラビーム方言の原則としては「し」となるわけだが、これが、その標語のように「シンゴ」とされる事はあっても、「しご」にはならない。慣れない人にはこう聞こえるかもしれないが、話者の意識としてはあくまで「しんごう」である。
けんど」は逆のことが言えて、「けど」と言うことが多いとしても、強調したりゆっくり発音したりすると「けんど」になる。

 二つばかり気になることはある。
 まず、上の標語、濁点の打ち方はあってるんだろうか。
あぶねべだ」は「あぶねべた」のような気がするし、「黒ふく」は「くれふぐ」だと思う。
 応募したままなのかもしれないが、実施主体の県から広報するメディアへという段階のどこかに非ネイティブがいると、間違いも生じるだろうし。
 もう一つは、例えば「やざねあだ」を「だめですよ」と説明しているところ。
 交通標語は、「飛び出すな 車は急に止まれない」と筆頭に命令形が多い。それに、「やざねあ」は、割と強い表現である。「ダメだってば」という方が近い。「あぶねべた」だって、「危ないじゃないか」というニュアンスだ。
 それに「だめですよ」という穏やかな説明を当てているのはなぜだろう。
 まさか、方言は暖かくて優しい、とかいうアレだろうか。
 古い表現だが、「交通戦争」の現代、んな悠長なことを言ってていいのかね。






*1
「現地採用」と言っても、秋田放送局が採用した、というだけで、秋田出身者であることを条件にしているわけではない。 (
)






"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る


shuno@sam.hi-ho.ne.jp