Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第464夜

かわいい方言 (前)



 例の、方言って可愛い、という流行なのだが、最初にその傾向を感じたのは、ウェブで「ジモ語」という表現を見つけたときである。今年の、まだ暑い頃だったと思う。
 ずっと放置していたのは、「ジモ語」の用例がほとんど見つからないからである。ググってみると、今の時点で 100 例程度見つかるが、この Yahoo! 辞書の記事を引用したものが多く、「ジモ語」という単語そのものを使った例は決して多くないのである。
 本当に「新語」なのか? と今でも思っている。

「方言ってかわいい」の震源地は SMAP なんだというような話もある。そういえば「〜べ」とか使っているような気がする。いずれ、あぁまたですか、ということですっかり気持ちが萎えてしまった。

 本屋に行くと、いつものごとく、急いで作った本が並んでいる。
 手元に河出書房新社の『かわいい方言手帖』というのがある。水色の地に、ピンクの日本列島。ふるさとナマリ研究会編。
 真面目に反応する必要のない本であることは承知の上で、それでも突っ込ませてもらうことにする。折角、買ったんだし。

 前にも書いたかもしれないが、「訛」というのは、「言」葉が「化」ける、という字面でもわかる様に、「誤り」「間違い」という意味を持っている。「あなた、訛ってますね」などと言ったら怒られても文句の言えない語だと思うのだが、この本ではそれを「ナマリ」とカタカナ表記にして和らげている。
 大辞泉では「ある地方特有の発音」、大辞林では「標準語・共通語とは異なる、ある地方に特有の発音」で、音の違いのはずなのだが、この本では、たとえば「まがる」を「『さわる』の愛媛ナマリ」と、あらゆる方言現象を「ナマリ」で説明している。

 では、色々とあげつらってみる。
 まずは、前から気になっていたのだが、勧誘の言い方。
 たとえば静岡や長野あたりには、人を誘うとき、「行かず」などのように、末尾に「〜ず」をつける地域がある。
「ず」は、標準語では否定の意味を持っているから、行かないのかと思っていると、実は誘われていたのだ、ということになるのだが、よく考えるとそれはそんなに不思議でもない。
「行きましょう」と「行かず」を対応させるから違和感があるのであって、「行かない?」「行きませんか?」であれば、それは直訳と言っていいだろう。

 滋賀の「よぞい」。「『よぞくろしい』というのが原型」とあるが、「よぞくろしい」に関する説明なし。こういうのは多い。
 他の場所にあるのかもしれないが、索引がないので確認してない。

 東北・北海道の「ちょす」は、「さわる」と説明されているが、どっちかと言えば、「いじる」である。

 愛媛の松山城址の堀に、「この池の鯉は釣られません」という札があった、というコラムが載っている。勿論、釣りをしてはいかん、という意味なのだが、こういう言い方は秋田にもある。
 ラ抜き言葉で話題になる「れる/られる」だが、これには可能の意味がある。その否定だから禁止なわけである。

ちゅらさん」の「さん」は、人につける助詞ではなく、形容詞語尾なんだそうである。
 じゃ、「美ら海」ってのは「さん」が脱落してるのかな。活用した結果?
清らさん」って書くのね。

 青森の「おんべはがせ」。博識な人のことらしいが、これは「おべる」が「覚える」ではなく「覚えている」、つまり、「知っている」という意味を持っていることから来たものだろう。前にも書いたっけか。

 石川で、子供を褒めるときに使う「こーしゃな」については、ウェブにも説明見当たらず。
 本文中にもあるが、「はつめいな」「どくしょな」と、確かに、子供を褒める表現が多いようである。

 秋田の「かちゃぺ」。「下品」と説明されているが、「軽薄」という意味を持っているところもある。これにも書かれている通り、語源ははっきりしないが、『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』と『語源探求 秋田方言辞典 (中山健、秋田協同書籍)』では、「嵩がない」から「軽薄」「弱々しい」と意味を持ったのではないか、としている。
 ただし、「かちゃぺ」である。
「とんでもない」を「とんでもございません」とする誤用はよく話題になるが、この「ない」と同じで、「かちゃぺね」の「」は単なる形容詞語尾。「無い」ではないので、勝手に落としてはいかん。

 福岡の「しちこい」を「うざったい」と説明している。青森の「かっちゃましい」でも登場するが、「うざったい」はすでに標準語だ、という認識なんだろうか。

 岩手の「ほいどたがれ」で、「ほいど」を「欲張り」と説明しているが、「乞食」である。遠慮したか。
 目のできもの、「麦種腫」のことを「ものもらい」といったりするが、「めぼいと」という地域がある。もっとストレートに「めこじき」という形もあるが、形は違っても「乞食」で表現する地域がこれだけ広がっているのは面白い。*1

 量が量なので、次週に続く。




*1
 
ロート製薬のホームページで全国の呼び方が紹介されている (ものもらい MAP)。
 こういうこともやってるんだなぁ。ちょっと見直した。()





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