Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第444夜

はさめる



 アパートの階下にはおばあさんが一人で住んでいるのだが、彼女は時折、孫を預かることがある。幼稚園年長組の彼は非常に元気で、よく室内をドタドタと走り回っているのだが、おばあさんはそのことを気にしているらしく、時折、おすそ分けを貰うことがある。
 彼女は食品関係の工場かなんかでパートをしているとかで、それが売れ残りの惣菜だったりすることがあるのだが、こないだ食パンを貰った。それもものすごい量。長さ (奥行きと言うべきなのか) にして 50cm 程度。3〜4 斤という感じである。*1
 そのパンは、トマトや出来合いのポテトサラダを載せたオープンサンドにして酒の肴とした。貰ったのが土曜日で、その日の夜、翌日の昼と夜、と 3 回で食いきった。*2

本食」という言葉がある。食パンのことだが、これが、秋田の「気づかない方言」ではないか、という文章を読んだ。
 そうかもしれない、と思って、ググってみたら、様々なパン屋が解説している。昔はそう言ったらしい。
 ヒットした件数から言っても、広く使われている単語ではないようだが、秋田弁というのはちょっと厳しい感じがする。例の「踏絵」には「食パンは『本食』と呼ぶのが普遍的だと思っている」という設問があるのだが、聞いたことがない、という回答は多い。
 いつものごとく、これは北海道方言だ、というページも散見される。
 使用者が北日本に残った、ということはいえるのかもしれないが、これ以上のことは、ググった程度ではどうしようもない。
 気になった点としては、解説はあるものの、用例は非常に少ない、ということがある。消えかかっている表現なのかもしれない。
「主食」「副食以外の食事」という意味の用例もいくつかあったが。

 ということで、今週は、久々の「気づかない方言」。
 とある銀行が、こういう紙を入り口に貼っていた。
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 写真がまずくて申し訳ない。「指をはさめないようご注意ください」と書いてある。
 で? と思った人はいないだろうか。この「挟める」は秋田弁なのである。ためしに、国語辞典で引いてみるとよい。大辞林大辞泉には「挟める」は見出し語としては載っていない。
 つまり、「書く」に対する「書ける」、「会う」に対する「会える」、と同じ、「挟む」に対する「挟める」なのである。標準語のルールでは、「挟める」は「挟むことができる」という意味。これを「挟む」という意味で使う、というのが秋田弁なのだ。
 同様の形式が、「病む」に対する「病める (やめる)」にもある。ただし、こっちは、「痛む」という意味の「病める」が秋田弁だというのは、使うほうが認識していることが多いので、さほど問題にならない。

 大阪辺りでは、こういう状況で「指つめ注意」というような書き方をする。
 熊本では、後からドアを通った人が責任持って閉めましょう、というのを「あとぜき」と言う。
 どれも「気づかない方言」の例として取り上げられることが多い。
 偶然だとは思うが、あるいは、ドアに関するアクシデントは、日本人の中に何がしかの暗い影を落としているのかもしれない。

 こういうのもある。ある店に客が電話をかけているところだと思って欲しい。
客: ちょっと道が混んでまして、閉店までに間に合わないかもしれないんですが。
店: どれくらいになりますか。
客: 20 分はかからないと思うんですけど。
店: あ、それくらいであれば、大丈夫です。
客: すいません、できるだけ急ぎます。
店: そうすれば、お待ちしておりますので。
 この「そうすれば」である。
 普通は、「では」「じゃ」「それでは」になるところ。確かに似てはいるが、全国的には交換可能ではない。
「そうすれば」そのものは立派に標準語で、話が通らないわけでもないので、中々に気づきにくい。
せば」「へば」は明らかに秋田弁だし、いくらか改まった形として「そうせば」というのもある。これは目上の人に使ってもさほど問題にならないが、やはり秋田弁であることは間違いない。これを翻訳したのが「そうすれば」なのだと思われる。

 上のような「気づかない方言」の貼り紙は、個人商店では時折、目にするが、規模の大きなところでは珍しい。しかも銀行。
 実は、役場とかだとまた頻度が上がったりするのだが。

 ところで、やってしまってから気づいたのだが、今のご時世、銀行の写真を撮る、というのは、セキュリティ上、好ましからざる行為か?
 ああいう写真しか撮れなかったのだが、写真を撮っている俺が防犯カメラに映ってるかもしれないので、撮り直しに行くこともできない。ご理解いただきたい。




*1
「斤」については、このときに調べた。嵩ではなく重さが基準らしい。普通に食パンを「1 個」買ったときの量が「一斤」。(
)

*2
 飲んだのはビールではなく焼酎。俺って、そういう組み合わせが全く気にならない質。()





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