Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第440夜

鏡よ鑑



 尼崎の脱線事故については、何とも言葉がない。犠牲になった人の冥福を祈り、家族や知人を失った人の心痛を思い、作業にあたっている人の疲労を心配するのみである。
 あの事故の後もオーバーランが続いていると聞いたときは、何やってるんだよ、と思ったのだが、新聞によると、現場では過度の緊張状態になってしまっておりそのせいだとか。運転席は客席から見えるようになっていることが多いが、そこに「殺」と書かれた紙を掲げられた、とかいう話を聞くと出てくるのはため息ばかりである。
 結局のところ部外者でしかありえない我々にできるのは、一歩引いたところで考えてみることであろう。メディアの煽動に乗って鉄道会社を叩くことではない。
 そもそも、速い方がいい、と言ってそれを支持したのは、我々だからである。
 安全性を犠牲にしてまで速くしてくれなんて頼んでない、という反論はあるが、それを検証した人はどれくらいいるんだろう。
 よそ者の後知恵であることは承知の上だが、ちょっとつっこんで聞いてみて、現場への指導を徹底する、という答えが返ってきたらまずアウトだと考えるべきである。
 人間はミスをするものだからだ。0 に近づけることはできるが、0 になることはない。0 になることを期待しているシステムは、規模の大小を別にして、どこかで必ず事故を起こす。マーフィの法則にもある。失敗する可能性のあることは必ず失敗する、のである。
 それをしてみていないのであれば、全面的に鉄道会社が悪いとは言えない。
 電車が 30 秒、遅れたときに舌打ちをする人や、自動車で制限速度を守ってない人は、このことを非難していいのだろうか。

 まぁ、ボウリングの件はともかく。

 方言衰退を嘆く人もしかり。
 自分自身が使ってないでしょう。
 東京弁を悪者にする前に、そこに説明をつけなければならない。

 もちろん、方言を扱ったホームページは多い。
 でも、ホームページで紹介する、というのはどういうことか。
 これは、外に出て行く、ということだ。つまり、秋田在住の俺が鹿児島弁を聞いたり、北海道弁を聞いたりする、ということである。
 このことは、何かを起こすきっかけになるだろうか。ならないような気がする。「へぇぇ」で終わるのがほとんどだろう。
 いくら外に向けて自分の方言を紹介したところで、自分達が地元で方言を使っていなければ、それが盛んになることはありえない。

 Internet 普及以前に、方言は各種メディアに取り上げられるようになっている。
 だが、方言が復興した、という話は聞かない。

 まず、メディアの影響力を疑っておく必要がある。
 たとえばラジオ。「ラジオ深夜便」は大人気でムックも出るほどだし、ローカル FM 局は全県に行き渡った感じだし、なかなか頑張ってるなぁ、と思っている人も多いかもしれない。
 ただ、どこで聞いた話だか忘れたが、ラジオに向けた広告費の総額は、インターネット向けの広告費を下回っているのだそうである。これがイコール聴取者数ではないにしろ、その傾向を表している、ということは言える。
 テレビや雑誌もそう。
 例の牛肉輸入禁止については、「食の安全」という問題であり、アメリカの攻勢を見ればわかる通り外交問題でもあるわけだが、「牛丼が食べられなくなる」というところに矮小化してしまった。
 鉄道だってどうだろう。高速化を紹介するとき、その安全性についてきちんと批判的に検証してきただろうか。
 こいつらの言うことは信用しちゃいかんのじゃないか、ということを感じている人は相当に多いんだと思う。そのことと、Internet の普及は、無関係ではあるまい。
 だが、信頼性については、こちらも同様の問題を持っている。
「秋田では、『折る』ことを『おだる』と言います」
 こういう書き方をしているホームページは多い。だが、「おだる」は、棒など細長いものを、あるべきではない形で折ることを言うのであって、「おりがみ」にも「折り畳み傘」にも適用できない、ということにまでは言及されないことが多い。これでは、間違った方言を全国に撒き散らすことになってしまう。

 まず、自分で使うことだ。
 かつ、人の方言を否定しない、ということも重要。
 秋田市の人、と言っても、潟上市から来ている人もいれば、由利本荘市から通っている人もいる。他県からの転入者もいる。子供もいれば老人もいる。
 それぞれがすべて「秋田弁」なのだから、そこを否定してしまうことは、「秋田弁」の話し手を失ってしまうことにつながりかねない。
 言葉はアナログなものである。通じない、違う、ということは現実に起こるのだが、その線を明確に引くことも不可能。
 多くの人が考えるほど、簡単なことではないのだ。方言を維持する、ということは。

 方言愛好家も、鉄道会社を非難する人も、そこの覚悟はできていますか。





"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第441夜「プレジデントな方言」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp