Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第388夜

Jazz Waltz



 風邪でゲホゲホいってる中、寺井 尚子のコンサートに行った。ノド飴とマスク、という装備でコンサートに行ったのは初めてだ。薬が効いたのか、あんまり咳しなくて済んだが。

 一応、解説しておくと、寺井 尚子というのは、ジャズ ヴァイオリニストである。ここのところ、テレビなんかで見かけることも多いが、デビューそのものは 86 年。ファースト アルバムは 98 年で、アルバムはすでに 7 枚、というから、すでに確固たる地位を築いている人だった。俺が遅かっただけだ。まぁ、インストゥルメンタルをまじめに聞くようになったのはここ 2 年くらいのことだから、勘弁して欲しい。

 第一印象は、「背が低い」。いや、ちょっとびっくりしたもんで。アルバムで聞いたパワーのイメージとは違う。小柄なミュージシャンがすごいパワーを出す、というのもよくあることだが。
 思えば、ジャズをちゃんと聞くのはこれが初めてだし、彼女がどういうスタイルでコンサートをするのか知らない。どうなんのかなー、と思っていたが、ほとんどしゃべらず。2〜3 曲分の紹介と、おしゃべりをほんのちょっと、というのが何セットか繰り返される。演奏メイン。その話し方が「〜をお送りしましょう」とかで、発声なんかも、ナレーション然、司会然としているのが面白かった。
 ギター氏は、前秋田市長になんとなく似ている。ベース氏は、口で「ボバンババンボンボンバボン」なんて言っているのが見えるのだが、3 拍子の曲の場合 (“Jazz Waltz”ツアーだから)、3 拍目で「ボン」と言っているのが不思議。
 ドラム氏は若いようである。ピアノ氏については、俺も習っているので、手先見るんだが、いつもながら、巧い人は動きに無駄がない。お世辞にもよくない視力で遠くから見てると、手、動いてないんじゃないの? とさえ思ったりする。
 楽器を演奏しながら体を動かすのは当然のことだが、寺井 尚子の場合、踊っている、という感じ。それと、いつもニコニコしているのが印象的。

 それにしても観客の年齢層が高くて。
 高校生がいる、ということは期待してなかったが (何人かいた)、明確に「老人」である人が多い。
 これはおそらく、彼女が中高年のアイドルだというのではなく (そういう見方もあるそうだ)、ジャズという音楽を支持する層が、かつての映画の黄金期を支えた層、つまり現在の「老人」層だからではないか、と思う。
 であるだけに、開演前の会話も、実に下世話なものであった。嫁と姑だの、近所の奥様との折り合いだの。本人達は声を落としてしゃべってるつもりなんだろうが、みんな聞こえてるよ。

 ごく一部を別にすると、ほとんど秋田弁が聞こえなかった。やっぱり、方言の衰退ってのは本当なんだろうなぁ。
 まず、その世代って、方言ってのは悪いものだ、という教育を受けた世代である。学童期に行われたこういう真似が深刻な影響を与えるであろう、ということは想像に難くない。
 その後、70 年代くらいから方言の復権ということが言われては来たが、方言の名誉回復・汚名返上ができたわけではない。現在だって、方言を否定する人間はいるわけである。この辺り、イラクの人質事件で、人質になった人たちを、政府とメディアと一般人が一緒になって袋叩きにしたのと共通点がある。50 年経ってもなんも進歩しとらん。

 こないだ、面白いホームページを見つけた。
ご当地の踏み絵」というものである。自分で、洒落が通じないタイプだと思われる方は見ないほうがよい。
 その中の、「秋田人」で、
● 「踊る大捜査線」で柳葉敏郎が室井管理官役でちょこちょこ発する秋田弁が楽しみでしょうがない。
 という設問がある。
 いまや、公の場で秋田弁を使う唯一の存在となった柳葉 敏郎だが、彼や「踊る大捜査線」のファンで、秋田弁ネイティブでない人が、秋田弁に関するホームページを持っている人に「あれはなんと言っているのですか/どういう意味ですか」とメールで聞く人がいるそうである。俺には来たことはないが。
 映画も大ヒットしたらしいし――アメリカでリメークするそうだが、やっぱり「ほじなし」とか言うのか?――局地的に秋田弁のイメージは上がっている。何より、秋田から警察のエリートが出ている、という設定を通したスタッフには敬意と驚嘆の念を。いや、いるのかもしれないけどさ。
 でも、地元じゃどうだ、と。
 どうやら 50〜60 歳台がボリューム ゾーンらしいコンサート会場において、あんまり秋田弁が聞こえないのはどういうわけだ。
 ことさらに、「暖かい」とか「微妙なニュアンスが」とか「伝統ある日本語の形が残って」とか言わなくても、生活の言語としての方言を常用する、というだけのことが現実になされていない。あるいは、それをわかっているからこそ、そういう大上段で今ひとつ肌にフィットしない表現でもって擁護しなきゃならないのかもしれないが。

 しかしまぁ、 50〜60 歳台が洋楽ポピュラー系の音楽のコンサートに足を運ぶ、というだけで、秋田もある程度は救われる、と思った。
 逆に、30〜40 代の音楽って、10〜20 代のおこぼれだけなのかなぁ、とも思ったりする。君たち、本当に、ヒッキーやアユで満足してる?

 ラストの曲は、“Jazz Waltz”から“Children.”
 この曲は本当にすごい。
 熱狂的にお勧めする。ぜひ聞いて。かっこいいから。




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