実は去年の夏くらいから腹部に鈍痛がある。
かと言って、食欲が落ちるとか、痛くて寝られないとかいうこともない。その鈍痛を感じるのが、職場で昼寝しようとしてつっぷしたときくらいで、でもちゃんと昼寝しちゃうので、今イチ、深刻さに欠ける。
しかしながら何かの前兆だと困る、ってことで秋に一度、医者に行ったら、貰った薬が効いたのか収まった。その後は、年末年始という、食生活の不健全な時期に入るので、多少、不調でもほったらかしにしてあったのだが、2 月になってもその不快感は引かず、仕事も一段落したので、もう一遍、見てもらった。
採血、尿、超音波、単純レントゲン、胃カメラ、というおそらく開業医ではフルコースと言っていい検査をしてもらったらば、これがまぁ、〆て \9,500-
医療費三割負担の破壊力は凄まじい。
医療機関ってのは年寄りの溜まり場なので、方言の宝庫である。本読みながらだと何言ってるのかわからん、ってこともよくある。
が、こないだ、検査結果を聞きに言ったとき、妙な会話を耳にした。
話者は女性二人。60 歳というところか。
語彙と文法が標準語で、音だけが秋田弁なのである。
たとえば「首」などと言うばあい、秋田弁の発音では「
くんび」とわずかに「ん」の音が入る。ガ行やダ行でも同じ事が起きる。こうなっているのは確認できた。
あるいは「検査」が「け・ん・さ」と 3 つの音ではなく、「
けん・さ」と 2 音になる、シラビーム方言の特徴もちゃんと保持されていた。
カ行音の濁音化、「(胃カメラがうまく) 飲めなかった」が「
のめながった」になる現象もあった。
だが、語尾も含め、語彙と文法は完全に標準語だったのである。これにはちょっとびっくりした。たとえば、「飲めなかった」は「
飲めねがった」になるのが普通なのだ。「かった」が「
がった」なのに、「飲めない」が「
飲めね」ではなかった。
アクセントやイントネーションは、原則的には標準語風だった。
まっさきに考えられるのは、どちらも秋田弁ネイティブではない、ということである。この医院があるのは、新興とまでは言わないが、開発の続いている住宅地なので、非ネイティブ率は割と高いと思われる。
だが、音の特徴は丸っきり秋田弁だった。
前に書いたが、「アキラ」という人名を秋田弁風に発音すると「キ」がかすかに濁る。かすかなので「キ
゛」では強すぎるし、鼻濁音ではないので「キ
゜」でもない。非常に微妙な濁り方なのだが、この「キ」がきれいに発音されていた。これは、濁っているということに気付くのも難しいと思うので、非ネイティブ説はちょっと採りにくい。
一昔前なら、秋田市外の別々の地域からの転入者、ということはあったかもしれない。秋田市の人口増加はこれに負うところが大きい。お互いの秋田弁が違っているため、なんらかの共通表現を採用する必要に迫られて、音だけ秋田弁・ほかは標準語、というスタイルに落ち着いた、ということは考えられる。
だが、今のご時世、それが仮に、象潟町と小坂町とか、雄勝町
(おがちまち)*1 と八森町とか、相当に離れた地域であっても、秋田弁では話が通じない、ということはないと思われる。いや、90 歳くらいならわからないが。
となると、ありそうなのは、この二人が、それほど親しくはない、ということである。
つまり、敬語体系としての標準語を利用している、しかし、慣れ親しんだ発音からは逃れられない、というあたりではないか。
言い換えるなら、彼女たちが話していた言葉は、秋田弁話者が東京で使っている秋田弁風味の標準語と同じものだったのではないか、と想像する。
ただ、内容が非常に砕けたのものだったので、断定は憚られる。
あるいは、どちらも帰国子女だった、というのはどうだ。
秋田弁の地域で生まれ育ったが、結婚や転勤などで、非秋田弁地域での生活が長く、秋田弁を使わなくなっていた。秋田に戻っては来たが、日常生活の会話を前と同じレベルで続けることはできなくなっていた…とか。
意外にありそうなのが、秋田弁が使われなくなっている、という現象は、既にこの世代でも進んでいるのではないか、ということ。
実際問題として、年寄りはバリバリに方言を使う、という傾向は年々弱くなっている。60 台という年齢層は、高度成長を支えた人たちでもある。俺も若くないから、なんかつい最近のような気がするんだが、だとすれば人の流動性が高くなった時期でもあり、青年期の言語活動が方言から離れていたとしても不思議はない。
そんなわけで、人様の言葉遣いであれこれ憶測してみた。
俺の検査結果は、丸っきり異常なしで、例によってストレスで胃腸の動きが狂ったのではないでしょうか、というところに落ち着いた。ストレスに心当たりはあるから、そうかもしれないなぁ、とは思うが。
それにしても、いつもは境界値ギリギリのコレステロールや中性脂肪まで正常値だったのは、なんだか不思議だ。