Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第350夜

いい間違い、悪い間違い、普通の間違い (前)



言い間違いはどうして起こる?』を読んだ。読んで字の如し、言い間違いがどういうメカニズムで起こるかを解説した本で、読んでいてとても楽しい。
 俺個人としては、発生した言い間違いもさることながら、「それに良く似ているが、こういう言い間違いは起こらない」という例が興味深かった。

 チラっと方言のことも触れられている。
 鶏の「とさか」を「とかさ」と言ってしまう間違いはよく観察されるが、そういう言い方をする地域が新潟にはある。これには「笠」という、無関係とは言えない音の良く似た単語があり、そういう共通点のおかげで存在が補強される、ということが言える。(→「新潟県田上町の方言」のた行)
 千葉には、肩車を「かたうま」という地域がある。「かたうま」そのものは「肩馬」で辞書にも載っている標準語形 (あまり聞かないが) だが、その隣に「たかうま」という地域があるという (孫引きである)。これも、「高い」との関連があるので、単なる言い間違いと片付けるのは無理がある。
 そして、「体」の「かだら」。これは、ネットで調べるとわかるが、例が非常に多い。
 ミスタイプも相当あって、中には堅苦しい文章もあるので苦笑せざるを得ないが、和歌山・大阪・京都で「かだら」と言っている地域がある。「サラダ」が「サダラ」とはならない、ということだが、これは「間違いだ」という意識がはっきりしているからではないか。うっかりミスと分類されて記録に残らないものと想像する。「かだら」の方は表現として確立しているのに違いない。
 面白いのは、口では「かだら」と言っているのに、字で書かせると「からだ」になる、という点。ダ行とラ行の音が似ている、ということがあるのかもしれない。(→「大阪弁講座」の第三十回)

 音では、管楽器奏者の話も面白かった。
 細かい音を出すときは、息を細かく切るために、“tttttttt”と発音するつもりで舌を動かすのだそうだ。それでも間に合わないほど速いパッセージでは“tktktktk”とする。
 やってみた。‘t’と‘k’は、下が顎に接する部分が違う。つまり、“tttttttt”では同じ動作を繰り返すことになるが、“tktktktk”は舌の盛り上げを前後で入れ替える、という動作なのだ。こっちの方が速いのはそのため。
 が、これをひっくり返して“ktktktkt”にすると、途端に難しくなる (最初の“kt”が)。
 このメカニズムってまだわかってないんだそうである。

 ミスタイプについては俺も人のことは言えなくて、多分、ここでも山ほどやってると思うのだが、ここ数年、気になっているのは濁点の間違いである。
 どういうことかと言うと、これを「とういうことかと」とやってしまうことがある。
 俺はローマ字入力なので濁点のキーの押し忘れではない。“do”と打つべきところを“to”とやっているのだ。これならキーの位置が近い、とも言えるが、これが「いえるか」になるとかなり問題だという気がする。どう考えても、これは頭の中での混線だからだ。*1
 尤も、手書きの方は壊滅的な状態で、たまに字を書かなきゃいけない場合――そういうのに限って、公的性格の文書だったりするんだが――は、とてつもなく緊張してしまう。ガチガチである。
 面白いのは、似たような線が並んでいると抜けてしまう、という書き間違いで、例えば「ない」であれば、「な」の点に続けて「い」を書こうとするのだが、上から下への動きは既に片付いている、と判断するのか、「い」の書き始めの線を省略して、こんな感じになってしまう。
    *2
「川」は書けるが、「雄物川」あたりになると何本引いたかわからなくなってグチャグチャ、ということはありそうだ。

 話は変わる。
 後で戻ってくるので心配しないで欲しい。尤も、戻ってくるのは来週だが。

 こないだ酒を飲んでいて、「正しい日本語」の話になった。一瞬、嫌な予感がしたのだが、言われていることがわからなくて聞き返してしまい、結局、まきこまれてしまった。
「この夏一番の暑さ」という語の使い方が間違っている、と言う。曰く、ある夏の一番暑い日は、その夏が終わってからでなければわからないではないか。それを、夏になった途端に使い始めるのは間違いだ。
 こっちもうかうかと反論してしまって、お互いに大きな声を出し、しまいにゃ、文法に囚われて実際に目をつぶっている、とまで言ったのだが、話は平行線のまま。
「この夏になってから一番の暑さ」と言わなければならない、と言われて、そのときは、まぁそれはそうだが、と思ったものの、後になって考えてみると説明がつかない。やっぱり酔ってたか。確かに、「この夏になってから」は、夏が終わってしまってからでは使いにくい表現で、そういう意味で「この夏一番」との違いはあるが、かと言って、全く使えないわけでもない。「この夏になってから一番の暑さ」は「この夏一番の暑さ」を意味しえないわけではない。
 パスポートを取りに行ったとき、「こちらの方 (ほう) が、パスポートです」の「方」に噛み付いたらしい。向こうも黙って噛み付かれていたわけではなく、「言葉は変わります」と反論されたとかで、たいそう憤慨していた。
 この辺で、「正しい日本語」の正体が見えてくる。「正しい日本語」の人たちは、「自分と違う」「不愉快だ」というあたりで発言していることが非常に多い。

 と、サイズの都合で、こんなところで切れる。後半は来週。





*1
 俺のキーボードは
Microsoft Natural Keyboard で、盤面が左右にはっきりと別れているので、‘g’を右手で打つのは至難の業だ。「ば」と「は」も、一般のキーボードでは‘b’と‘h’は隣り合っているが、このキーボードでははっきり離れていて、そう簡単にミスタイプはできない。 ()

*2
 よく考えると筆順を間違ってるな。「な」の点は、「ナ」の次が正しいのか?(
)





"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第351夜「いい間違い、悪い間違い、普通の間違い (後)」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp