Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第335夜

命名・あづま市



 話題になった「南アルプス市」だが、俺もやっぱり「それはないだろう」と思う。
 カタカナなのはまぁいいとして、よその地名を借りてきている、という点がどうにも。他者の威を借りずに自立することができない、ということを体現してしまっている。
「湘南」ですら、もとは中国の地名だ、ってことで反対されているのはご存知だろうか。
 秋田でも、仁賀保町金浦町象潟町が合併協議会を作って、名称を検討しているが、最終候補の 6 案の内、上位 2 案から選択するという意見が出た。
 2 案ってことはつまり、この 3 町のうち 1 町だけ、最終候補の中に残らない町がある (気の毒なので書かない。まぁ調べればわかるが) ということである。名称はどう頑張ったって 1 つしかつけられないのだから、最終的に残らないのはやむをえないとしても、この段階で落ちるのはやるせない、とその町の代表が声を詰まらせたとかで、継続協議だかになった。その気持ちはわかる。
 なお、最終候補の 6 案というのは、「象潟市」「このうら市」「しらせ市」「にかほ市」「仁賀保市」「日本海市」。
 もし「日本海市」を採用すれば非難轟々であろう。聞いて場所が思い浮かばない、という点で南アルプス市よりタチが悪い。*1
「しらせ市」は、南極探検をした白瀬 矗 (のぶ) にあやかったもので、全国的な知名度は今イチだから、轟々というほどの非難は起きないだろうが、出身は金浦町だから、他の 2 町はあんまり面白くないだろうなぁ。
 こういうようなゴチャゴチャがあると「協和町 (秋田茨城)」「共和町 (北海道)」のように「一緒に頑張ろう」という名前を付けたり、「昭和町 (秋田山梨)」「昭和村 (福島群馬)」と成立時期を示す名前がついたりする。*2 *3
「平成市」を検索エンジンに入力してみると市町村合併がらみの記事が多数見つかる。人間の考えることにはあんまり進歩は無い、ということか。
 なお、仁賀保・金浦・象潟の新市名候補にも「由利湘南市」という形で「湘南」はでてくる。これは、沿岸沿いの暖かい地域であるため、「秋田の湘南」と呼ばれている (誰に) ことから、らしい。

 今回、「方言」方面には行かないことを断っておく。

 浦和・大宮・与野が合併して「さいたま」になったのは去年のことだが、
「どちらからいらしたのですか」
「さいたまです」
「ほう。埼玉のどちらですか」
 という会話がわずらわしい、という人がいた。
 ん? と思って自分のことを考えてみた。「秋田から来ました」と言ったら「秋田のどちらですか」と言われた、という記憶はあんまりない。
 そう聞かない理由はなんだろう。「秋田市のことだと理解した」「秋田県だってことがわかれば十分だった」「っつか秋田ってどこ」あたりか。
 逆にいうと、「秋田のどこだ」と聞く人は、ある程度は秋田県内の地理を知っている、ということである。でないとすれば、こっちは「知らねーんなら聞くな」と思うであろう。

 この「知らねーんなら聞くな」も、なんか僻みっぽいなぁ、改めて考えると。
 でも、そう言ったら、相手は「すまん」と言うであろう。これがなぜいけないことなのかは、ちと考えてみる価値があるかもしれない。

 話をさいたまに戻す。
「埼玉のどこだ」と聞くのはどういう人か。埼玉の地理をある程度は知っている人。首都圏近辺の人と考えてみる。
 これは、県名と市名が同じであるために起きる現象である。首都圏でそういう県はあるか。千葉がそうだ。
「千葉から来ました」
「千葉のどちらですか」
 字面も一緒だから、こちらのほうが事件が起きやすいような気もするが、そういう話を聞いたことがない。
 これ、慣れの問題じゃないか。
 つまり、「埼玉のどこだ」と聞いた人は、「サイタマ」と聞いたときに「さいたま市」ではなく「埼玉県」を連想したのだ。まだ、「サイタマ」→「さいたま市」というシナプスができていない。
 で、聞かれた人。この人も、県名と市名が同じ、という生活に慣れていない。日本には、県名と同じ市のある県ってたくさんあるのだが、そういう地域の人は「○○のどちらですか」と聞かれたからって、それがわずらわしいとは思わない。この人の場合、わずらわしさをさけるために「秋田市から来ました」と言う、という生活の知恵も身についていない、ということだ。
 自治体の合併って、こういう小さな摩擦の連続なんだろうな。

さいたま市」の場合、新しくできた、という意識があるから、「さいたま市から来ました」と言うと「さいたま市のどちらですか」と聞かれる可能性はある。初対面の場合の話題にはうってつけだし。
南アルプス市」…まぁ、がんばって欲しい。

 ひらがなやカタカナが多いのは、柔らかさを期待しているからだ、という話がある。個人的には、漢字や英字で書くべきものをひらがなで書く、というのはたとえ商標であってもあざとさを感じる。「あんそろじぃ」とかよく目にする。
 やわらかさが欲しければ、俚諺を使ったらどうか。東北辺りで「あづま市」とか。心地よさそうな名前じゃないの。
 自治体の施設にはこういうネーミングが多いが、自治体そのものではダメなんだろうな、きっと。
 公募した名称の一覧をどこでもいいから眺めてみるといい。真面目に考えてこれなのか? と思うこと請け合い。妙な名前もさることながら、既存自治体とぶつかってるのが多いのは、適当にやってる証拠だ。




*1
 詳しく言うと、「日本海市」に当てはまる地域は山ほどあるからタチが悪い。全く想像もつかない名前だ、というのとは意味が違う。
 
仁賀保・金浦・象潟の協議会では「羽越市」が一次選考を通っている。「越」が何を指してるのか知らないのか、選考者。 ()

*2
 市の中にある町を数えればもっとある。例えば、鳥取の
明治町
 GLinGLin都道府県市区町村にある「落書き帳アーカイブス」→「自治体名についての雑学集」→「名前が年号の町村は?」に一覧がある。このページ、面白い。()

*3
 秋田市に「楢山共和町 (ならやまきょうわまち)」というところがある。これを検索してみると、美容院がやたらとヒットする。なんで?(
)





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