Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第330夜

素朴



 何度も繰り返して語られる疑問、というのがある。
「素朴な疑問」と呼ばれることが多い種類のものである。

 この「素朴な疑問」については、おかしくないか、という文章を読んだことがある。自分の言動を「素朴」って形容するか? というのである。確かにそうだ。ねぇ、教えて、大辞林
そぼく 【素朴・素樸】
(名・形動)[文]ナリ
(1)飾り気がなく、ありのままな・こと(さま)。「―な人柄」「白木造りの―な神社建築」
(2)考え方などが単純で、綿密な検討を経ていない・こと(さま)。「―な疑問」
 用例付きで一発解決。
 つまり、本来の意味は、「バカかお前は」と言われかねない質問、だったのである。それが「飾り気がない」というプラスの意味で捉えられるようになった、というわけで。使うほうも、それは変だ、と思うほうも、(1) の意味で使っている、ということ。
 人の質問に対して使ってはまずい表現だ、ということもわかった。*1

「素朴」と表現されることに妙な納得性があるのは、質問する側が、「こいつ、自分で調べてねぇな」というのが見え見えだからであろう。
 一昔前なら、俚諺の語源を調べるのは割と面倒な作業であった。辞書によっては、有名な単語については、それが俚諺であることを明記していたりするが、有名な単語でない場合は直ちに、方言学の専門書を当たらざるを得ない、ということになった。小さな図書館だと、そんなものはなかったりする。
 今は違う。
 Internet の検索エンジンにぶちこんでみるだけでいいのだ。多くの俚諺が、これで見つかる。夕飯時の話題程度であればそれで納得すればいいし、正確なところを知りたければ、それを周辺情報として手がかりにした上で、大きめの図書館に行けばよい。
 図書館はともかく、辞書を引きもせず、検索エンジンにぶつけてみることもせず、「○○って何?」などと言うから、「素朴 (2)」とか言われるのである。

 そういうのでは、例えば「ジャス」を頻繁に目にする。
 なんで宮城では運動着のことを「ジャス」と呼ぶのか。
 答えは、わからない、である。「ジャージのスーツ」というのは比較的、納得性が高いが、あれは「スーツ」か? まぁ、確かに「サウナスーツ」とかいう単語もあるが。
 で、ネットで検索してみると、これが仙台近辺でしか通用しない「気づかない方言」であること、山梨あたりでは「ジャッシュ」と言う、とかいうことがあっという間にわかる。
 更に、河北新報という仙台市の新聞社がやっているカルチャースクールの案内に堂々と書かれていることも発見できる
 この作業をすっ飛ばしてメール マガジンなんかに投稿すると「素朴 (2) な疑問」となる。

 繰り返される疑問には、ほかに
じゃんけん
汚いものに対する禁忌を宣言する言葉(「えんがちょ」)
選択に迷ったときの文句 (「ど〜れ〜に〜し〜よ〜お〜か〜な〜」、特にそれに続くフレーズ)
 なんてのもある。

 ほかに特徴を探すと、確実なことはわからない、という点がある。わかっていれば近所の人が説明することもあるだろうから、そういう問いが繰り返されること事態は説明がつく。
 不明だから、辞書なんかには載せられない (調べないだろうが)、いろんな説が飛び交って、生齧りの知識をひけらかす輩もいるから (耳が…)、不正確の拡大再生産が起きる。
 こういうのは民間語源の温床となる。学術的裏づけのない語源説明である。鵜が飲み込むのに難儀をするからウナンギ→ウナギ、などというアレだ。
ジャス」には、ある百貨店が「ジャージスーツ (ジャス)」と書いたのが元、という有名な説があるそうだが、これが民間語源の立場を脱出するには、その百貨店がそういう記述をする前は運動着を意味する「ジャス」という語は使われていなかった、ということを証明しなければならない。

 かつて、メディアと言えば、新聞・雑誌であり、それにラジオとテレビが加わった。
 これは一方通行のメディアであり Internet は双方向で個人の情報発信が云々と言われて久しいが、人はあまり変わってないのだろう。一方通行でいい、黙って降ってくるのを待ってるだけ、って人がいかに多いか、ってことである。

 Internet の世界は、百家争鳴百花繚乱、いろんな人や組織がそれぞれの支持者を得ている。そのおかげで、決定的な影響力をもつメディアが存在しない、ということも理由の一つかもしれない。
 逆に、Internet に限らず、この世に「決定的な影響力をもつ」ものなんてのがあっては困るわけで、実は、こういう状況、望ましいものなのかもしれない。次善だけどな。




*1
Lycos ディクショナリだと、
1 自然のままに近く、あまり手の加えられていないこと。単純で発達していないこと。また、そのさま。「―な遊び」「―な漁法」「―な疑問」
2 人の性質・言動などが、素直で飾り気がないこと。また、そのさま。「―な人柄」
 となる。順番が逆だが、どの道、誉め言葉でないことに変わりはない。()



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