Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第315夜

グリコとグミとグーズベリー



 Internet の検索エンジンは、手軽に使える百科事典である。調べたいと思う内容に寄るが、大まかな傾向を掴むにはもってこいのツールである。
「じゃんけん」にまつわる地域差その他について書いてあるページを呼んでいたら、これは気楽に踏み込んでいい領域ではないな、と思った。
 前にも書いたが、子供の行動範囲は狭い。だから、うっかりすると学区ごと、つまり学校ごとに違う言葉遣いをしている可能性がある。学校の運営に関わることならともかく、遊びに関することは記憶に残るだけで記録はされないし、流行もあるから頻繁に変わる。早い話、大変なんである。
 辛うじて方言に限定できそうなところでは、ジャンケンをし、何で勝ったかに応じて一定数だけ前に進める、という遊びの話題を拾った。例えば、グーで勝ったら「グリコ」で 3 歩、チョキなら「チョコレイト」で 6 歩、という具合。「ョ」や、パーの「パイナップル」で出てくる「ッ」を数えるかどうかはやる前に決めておかないとトラブルの元になる。

 日本語の音としては、後者は数え、前者は数えない。
「モーラ」という単位があり、「拍」とか言ったりもするが、まぁ、単純には音の長さである。特別な目的や理由がない限り、「チョコレイト」を発音するときに 6 つに分ける人はいないだろう。
 逆に、「パイナップル」の場合は、6 つになる。
 言いながら手を打つなど、音符に当てはめてみると分かる。音符の文字がないので絵で恐縮だが、次のようになるはずだ。

「チョ」は「コ」と、「ナッ」は「パイ」と同じ長さだ。
 したがって、科学的な姿勢を貫くなら、チョキでは 5 歩、パーでは 6 歩、進むことになる。

 外国人にはこの辺の識別が難しいらしい。
「聞く」と「キック」、「病院」と「美容院」、「千代子」と「チョコ」を聞き分け、発音し分けるのは大変なんだそうだ。
「違うじゃん」と思った人もいるかもしれないが、それは向こうも同じで、“right”と“light”、“shit”と“sit”は丸っきり違う音なんである。

 グーの「グリコ」は、あのキャラメルがいかに子供の、引いては日本の社会に浸透していたかを示すものである。
 が。
 北海道では「グズベリ」と言うそうだ。
 これは、検索エンジンに「グズベリ」を入れると簡単にヒットする。「グーズベリー」という果実である。「ストロベリー」とか「ラズベリー」とかの仲間だ。*1
【酸塊】 と書いて「すぐり」というのが和名らしい。音がなんとなく“gooseberry”に似ているのも面白いが、字面にも驚く。全然、旨そうに見えないところが凄まじい。

 さて、なんの変哲もない果実だとして。なぜ北海道に。*2
 岩手県種市町の公報に寄れば、本州の産地はそこだけなんだそうである。ということは、実質的に、日本では北海道のみ、ということになる。なるほど。
 次なる疑問は、「グズベリ」は「グリコ」に匹敵するほど浸透していたのか、ということである。
 確かに、「子供の頃よく食べた」「あの酸味が懐かしい」というような文章は散見される。垣根にしていたところもあるそうだ。しかし、検索結果は、「グーズベリー」「グースベリー」「ぐずべり」「ぐすべり」合わせても 1,000 件である。北海道内に限った話ではあるにしても、ちと判断材料が不足していると言わざるを得ない。*3
 だが、「グーズベリー」が「ぐずべり」になるくらい、人口に膾炙していた、ということは言えるのかもしれない。

 外国語が、日本語の方言形に取り込まれる、という事例は前に「おくら」を取り上げた。これが英語だと知らない人も多いと思うが。
 有名なところでは、船舶関係者が使う「ごーへー」「ごすたん/ごしたん」などがある。それぞれ、“go ahead”“go astern”が、意味はそのまま、形だけが日本語化したものである。港町の方言として取り上げられることが多い。
 逆に、「ようそろう」なんてのもある。「ヨーソロー」なんてカタカナ表記が少なくないが、「良う候」で、れっきとした日本語だ。
 この船舶用語は、形式化、ということが言える。“go ahead”という熟語である、という認識が消えて形だけが残ったわけだ。

 実はこの文章、直前の段落の、外国語から日本語方言系への流入、ということで書き始めた。
 勿論、とっかかりとして検索エンジンを使ったのだが、キーワードとして「元々は英語」を入れたときと、「元は英語」を入れたときとで、ひっかかってくるページの数と内容が全く違う。
 面白いので、時間のある方はこのまま試されたい。
Google

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*1
「グースベリー」「グーズベリー」で揺れがある。3:1 位の比率である。(
)

*2
 キウイ フルーツは、最初「チャイニーズ グーズベリー」だったそうな。(
)

*3
 これは例えば、清水 博子氏の『ぐずべり』という本を紹介した記事や、それを蔵書に含む図書館のホームページ、なんてのも含むので、果物の「グーズベリー」に関するページはもっと少ないだろうと考えられる。(
)





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