Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第312夜

あばれひっちゃく



 ついでだからもう少し岐阜の話を。
 でどころは『最新 一目でわかる全国方言一覧辞典(学研、1998、ISBN4-05-300299-0)』と『都道府県別 全国方言小辞典(三省堂、2002、ISBN4-385-13694-7)』である。

『現代の県民気質−全国県民意識調査−(NHK 放送文化研究所編・NHK 出版)』によれば、岐阜は県人意識の希薄なところなんだそうである。
 なんでも、美濃を制するものは天下を制す、ということで全国支配の要であったため、江戸幕府がこの地域に強力な大名が生まれないように細かく分割したことによるらしい。ひどいときには、隣村がどこの支配を受けているのかわからないこともあったとか。
 ことばについても同様で、「この土地のことばが好き」と「この土地の言葉を残してゆきたいと思いますか」という問いに対する「はい」の率は有意に低く、「地方なまりが出るのは恥ずかしいと思いますか」は有意に高くなる。*

ごく (美濃)
「大変強い力」
 蔵の戸を開けるときなんかの力だそうな。
 ネットでは使用例見つからず。

もやいで (美濃)
 共同で。子供に、おもちゃは一緒に使え、というとき。
 ネットでは使用例見つからず。
「舫う」?

あしたり (美濃)
「明日」。
 長野の一部で、「前」のことを「まえで」と言うらしい。「前で」は「まえでで」になるわけである。それを思いだした。
 岡山でも使う模様。

しにきり (美濃)
 一生懸命。
「死ぬ気で」?

ためらう (美濃)
 体を大事にする。注意する。
ためらってなぁ」という別れの挨拶もある。元気でなぁ、くらいか。お大事に、ではないのだろうな。

かりていく (郡上)
 なんだと思います? 「伺います」なんだそうで。
近いうちにかりていくわな」が「近いうちにお邪魔します」という意味らしい。

かわいい (郡上、飛騨)
 かわいそう。
「可愛い」という意味で「気の毒な」と言う地域があるが (佐賀だったかな)、おそらく、古い意味が残っているのだろう。『角川新版古語辞典 (1989、角川書店)』によれば、「身近な事物に対する深く切実な気持ちを表すのが原義」だそうで、意味が分化していく過程で、表記も「愛」と「悲/哀」に分かれたということだろうか。
 なお、飛騨・郡上では「うい」が「気の毒」という意味を持つ。

こわい (飛騨)
 恥ずかしい。
 南東北あたりにある「こわい」は筋肉が強張る様子から「疲れた」という意味なのだが、ここではほかに、「心配」「申し訳ない」「嫌」などの意味があるようだ。
 美濃では「固い」という意味らしい。

だちかん (飛騨)
 すでに何度か書いたような気がするが、これは「だめだ」という意味である。元は「埒があかない」。秋田の「やじゃね」「やづがね」も含め、これを「だめ」という意味で使う地域は多い。
 で、気になったのは用例で、「だちきません」というのがある。だめです、ということらしいのだが。
 この「ません」は「ですます」の「ます」であろう。つまり、標準語形だ。ひょっとしたら「だちかん」というのは「気づかない方言」なのか?

ひっちゃく (郡上)
 意味は、「失敗する」。
 これを読んで、昔、読んだ漫画の意味がやっとわかった。
「あばれはっちゃく」という子供向けのドラマがあった。これのパロディである。
 もうわかった人もいると思うが、解説しておくと「はっちゃける」というのは「やんちゃをする」とか「はじける」というようなことで、「あばれ はっちゃく」ですでに重言のような気もするが、まぁ、過度に元気な少年を主人公としたドラマだと思ってもらえればよい。ただし、俺は実際に見たことはない。
 で、それのパロディで「ひっちゃく」なのである。主人公は最後に叫ぶ。「よーし、今日もひっちゃけるぞー」。
 そうか、そこは笑うところだったのか。
 でも作者は関西の人なんだよな、確か。

 というわけで、3 週にわたって岐阜の言葉を取り上げてきたが、語源のわからないのが多い。別に、すべての方言現象のルーツがわかるとは思っていないが、これくらいわからないのが多いのもなぁ、と思う。これが「複雑な様相」ということなんだろうか。




*
全国平均 岐阜 最高 最低 
この土地のことばが好き61.253.383.0(74.8)41.0
この土地の言葉を残してゆきたいと思う 56.949.985.3(72.5)38.3
地方なまりが出るのは恥ずかしい13.019.026.96.6
「有意に高い」というのは、単に差や比率を見たのではなく、統計学的な処理をした上で「間違いなく高い」と言える、ということである。
 最初の二つの設問で「最高」の欄に括弧つきの数値があるが、これは二番目に高いところを示したものである。どちらも最高値は沖縄なのだが、沖縄がずば抜けて高いことがわかる。 (
)





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