Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第311夜

さくら (後)


 NHK の朝のドラマ、「さくら」の影響で、美濃と飛騨の言葉。

来ようる
「来つつある」
 現在進行形、とでも言おうか。
 標準語では「〜ている」は二種類の意味を持つ。進行形と完了形である。
 例えば、部屋に入ってきた人の頭に水滴がついているとしよう。「雨降ってる?」と聞ける。これは、現在、雨が降っているのかどうかをたずねる表現である。これが進行形。
 これに対して、出かけようとしてドアを開けたら路面が濡れていた、という場合も「あ、雨降ってる!」と言える。ただしこれは、現在、降っているかどうかとは無関係で、今は降っていなくとも路面が濡れていれば「雨降ってる!」は使えるわけだ。こっちは完了形である。
 逆に言うと「雨降ってる!」だけでは、その瞬間に降っているかどうかはわからない。
 それを明確に使い分ける地域がある、ということである。これは西日本でハッキリする。「降りよる」と「降っとる」は、標準語訳してしまうと「降ってる」にしかならないが、意味は丸っきり違う、ということだ。

くろ
「隅」だって。
 静岡西部は近いからわかるとして、庄内で使う模様。まさか、と思って調べたが、秋田では使わないみたい。

けなるい
 うらやましい。
 安永 航一郎氏の漫画で見た記憶があるが、あの人はどこの生まれなんだろう。初期作品の『県立地球防衛軍』は九州が舞台だったが。

ごーかき
「たきつけ用の松葉かき」。
「松葉かき」というのは、「松葉をかきあつめる行為」もしくは「それに使う道具」だと思うのだが、ここではひょっとしたら「かきあつめたもの」を指すのかもしれない。
「ごー」ってなんだ?

ぞーぞ
 うどん。
 音でしょうねぇ、これは。幼児語っぽいが。

はくしょこく
 くぎやくいを打ってもすぐに抜けてしまう。
 難しい表現もあったもんである。
はくしょくこくら やめとけ」という使い方をするらしい。
 投書した人が 50 歳で、その人のおばあさんが使っていた、というから、ひょっとしたらもう使われなくなっている表現かもしれない。

ばんばこ
「風呂のたきもの」。
「たきもの」と言われてもなぁ、という気がしないこともないが、意味はわかる。
 この本、やたらと「たきつけ」関係の語が出てくる。この後にも「もや」という語があり、「たきぎ (木の枝の葉っぱの部分)」だそうだが、ちと意味不明。枝の先のほう、ということか?

ひいてはさみ
 一日おき。
 確かに、一日おきってのは「日付を間引いて」るし、それをする日としない日がお互いを挟んでいる。この解釈で合ってる?

ひきづりひこづり
 スキヤキ。
 奥が深いな、美濃。
「スキヤキ」は、スキの上に肉や野菜を乗せて、それを火にかけて焼いたところから来ている名前らしいのだが、さて「スキ」ってどんな道具だっけ、と大辞林を引く。
すき 【鋤・犂】
(1)幅の広い刃に柄をつけた櫂(かい)状の農具。手と足で土を掘り起こすのに用いる。《鋤》
(2)牛馬に引かせて土を掘り起こす農具。からすき。《犂》
「鋤」の方なら、確かに、肉や野菜はのる。火にかけることもできる。
「犂」の方は、引くものである。「ひきづり」にぴったりだが、これは大きい。それに板状ではなく櫛状の道具だから、食い物を載せて焼くには向かない。
 うーむ。*1

またことない
 間違いない。
乾夕立と隣のぼたもちまたことない」というのは、「西北の夕立と、隣家で作る牡丹餅は間違いない。必ず来る」という意味のことばらしい。実は、前に取り上げた『雨のことば辞典 (講談社)』にも載っている。

まわしする
 準備する。
 名古屋でも使う。

もみない
 おいしくない。
 大阪でも使う。ボテボテの大阪弁らしいのだが。

よめらかす
 嫁に出す。
 この「らかす」は「はぐらかす」「笑かす」なんかと同じなんだろうか。「よめらかす」ねぇ…。部外者には嫁がモノ扱いされているような感じがするのだが。


 さすが新聞社、と思ったのは、平仮名が多いこと。「そう祖父」とかな。こういうの読んでて辛いんだけどさぁ。なんとかならんもんか。

 投稿者のコメントでやたらと目立つのが「親しみ」という表現である。
 言いたいことはわかるのだが、では、標準語で「親しみ」を感じるのはそんなに難しいのだろうか。別の地域からやってきた人に「親しみ」を感じるのは、その人が自分と同じ方言を使うようになった後のことなのだろうか。その逆はないのだろうか。
 やはり、ことばは「手形」なのだなぁ、と思った。

「さくら」の放送は半年である。放送の世界では「2 クール」と呼ばれる期間だ。フランス語で“cours”と書くのだが、1 クールが 3 ヶ月で、一年放送する番組は 4 クール、ということになる。
 これ、閏年の 2 月を含む場合を除くと、必ず 13 週なのである。半端なように見えて、実は非常にわかりやすい尺度なのだ。
 さて、「さくら」では、番組終了直後、英単語が並べられた。画面は、高野氏の扮装。彼女のきれいな発音で、毎週 1 単語づつ流れる。1 週目はたしか“apple”だと思った。そのまま b...c... と来て、最終週は“zipper”だった。
 もうお分かりであろう。2 クールは 26 週。アルファベットは 26 字。ドンピシャなのだ。*2
 ということで、「クール」という概念、アルファベットが 26 字であることを覚えることができた、という人は少なくないであろう。
 我々が、天才バカボンの主題歌で、太陽が昇る方角を覚えたのと同じように。




*1
 
大島&しみづINDEX館 の「すき・くわ・かま」で同じ疑問があがっている。
 それにしても、この読書量はすごい。 ()

*2
 最近の民放ドラマは 10 話ないし 11 話で終わることが多いが、これは、13 週のうち、最初の週はシーズン恒例の特別番組、最終週は NG 大会、なんて構成だからである。せわしない。
 お気づきの人は少ないと思うが、現在、一年間続けて放送するドラマは、NHK の大河ドラマを別にすると、特撮番組だけだ。まぁ、スポーツ中継で休むことはあるが。(
)





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