直木賞作家、高橋 義夫氏の小説である。
舞台は、山形の村山にあるという「霧ノ城」という集落。
そこに東京から移り住んできた翻訳家の話。
氏の小説を読んだのは、『
風魔山獄党』が初めてである。忍者のリアリズム (本当にリアルなのかどうかは知らないが) と、活劇とが交錯していて、中々に面白い。
で、これも同系統の小説だと思って取り寄せてみた。違った。
巻末の宣伝文に曰く:
これで、活劇を想像するな、というのはちと無理がないかい。
尤も、『風魔山獄党』の帯には「
日本人の心性を探るフォークロア小説の誕生」とあるし、文春文庫版の解説は中沢 新一氏なのだから、そこで気づくべきだ、とは言える。
話は、そう簡単には心を見せない村人や、田舎の濃密な人間関係の仲で不問に付されている様々な出来事の中で、主人公が、あるのかどうかすらはっきりしない「月山丸」という名刀の噂を気にしつつ暮らしていく、というものである。面白いが、帯にある「
解け!幻の名刀『月山丸』の封印を」というのとはちょいと毛色が違う。
勿論、俚諺の宝庫である。
「
契約」
秋田で「
けやぐ」と言ったら友人のことで、約束を守る関係から「契約」なのだそうだが、ここでは、村の寄り合いを差している。寄り合いと言っても、単なる宴会ではなく、自治会の会議のこと。
主人公は、ここに呼ばれることで、まず住人として認知されるが、これ以降、あるときは客 (つまりよそ者) として、あるときは身内として扱われ、という具合で、少しづつ受け入れられていく。
「
持ってきてくれっか」
これは、「持ってきてくれないか」ではなく「持ってきてあげようか」である。「くれる」の、やりとりの方向が、標準語とは逆だ。
とは言いながら、秋田でも使うような気がするなぁ。
「俺がかわりにやってやろうか」を、勿論「
やってやるが」でもいいのだが、「
やってけるが」と言っても問題無いような。ちょっと、押し付けがましくなるか…わからん。保留。
「
そがき」
家の周囲の雪囲い。うず高く積もった雪が家を横から押しつぶすのを避けるための囲いである。
ネットで検索してみたら何件か見つかったが、どうやら俚諺だと言う認識は無い模様。「垣」という字も当てられるし、作品中、「組」「措」「粗」のどれかわからない、なんて記述もあり、日常的に使っている人は、俚諺だとは気づきにくいもかもしれない。
『秋田のことば (秋田県教育委員会編、
無明舎出版)』によれば、「簀垣」「簾垣」だそうだが。
「
あんべ」
行こう、という意味。秋田弁では、どちらかと言えば「
あべ」だが。
作品中では「行べ」と書かれている。
俺にとっては謎の単語の一つなのだが、言われて見れば、「行灯」なんて単語もあるし、そういうことなのかなぁ。
「
かいもつ」
蕎麦掻。
早い話が蕎麦で作った団子みたいなもんで、納豆汁に入れて食うらしい。旨そうだ。
兵庫の出版社
南船北馬舎の
『柏倉通信』カシャグラ・リポートにある「
『かえもつ』の掻き方」に詳しい。
ここにもある通り、昔、「すいとん」相当の食べ物だったらしい。年齢層によっては、切ない、辛い食べ物だったりするようだ。
それを言ったら、蕎麦ってのはそもそも救荒作物で、昔から蕎麦の名産と言われているところは、現代はともかく、必ずしも豊かな土地ではない。蕎麦が喜ばれる時代って、いい時代なのかもしれない。
「
かいもつ」は「掻餅」なんじゃあるまいか。
「
旅の人」
よそ者、という意味。主人公がこう呼びかけられる。
詳細は読んでもらうとして、主人公はうち捨てられていた鞴 (ふいご) をいじっている。そこで、それの使い方にはコツがある、と言われるのだが、「コツ」に「骨」という字を当てていた。そう書くなんて知らなかった。
「
はげ」
前にも書いたような気がする。「〜だから」。大阪の「さかい」の変化したものとされている。
日本語では、ハ行音とサ行音はよく入れ替わる。
書き出せばいくらでもあるのだが、これくらいにしておく。
後半、主人公達がちょっと新しい事を始めようとして一悶着あるのだが、田舎ってそんな感じである。
一旦、決めたことを、「実は俺はまだ納得していない」とか言ってひっくり返そうとする年寄りなんていくらでもいる。いや別に、秋田の国際系大学のことを言っているのではないのだが。