Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第284夜

今夜は気取って




 なぜ STARDUST☆REVUEライブ レポートがあって、布施 明のがないのだ、という指摘はとりたてて無かったが、それに関連して書いてみようかと思う。*1

 やっぱり、歌の巧い人はいいねぇ。昨今、ロック系 (俺から見るとまるっきりロックじゃないんだが本人はそう思っているようだ*2) なんだけど、「あなた、駅前からそのまま来たでしょ」って感じの、音程も声量も発音もなってない連中にうんざりしている身には、布施 明のような人の歌はじーんと染み入ってくる。こういうのを「癒される」と言うのか。違うけど。
 アンコールの「マイウェイ」はマイクなし。秋田市文化会館は決して大きなホールではないのだが、全体に響き渡る声を堪能した。
 俺は男で「明様、ステキ (はぁと)」という方ではないから、席には頓着しなかったのだが、ああいうのがあるのなら、前の席を探せばよかった。きっとビリビリくるような声の圧力を感じることができたであろうに。なんで気がつかなかったんだろう。
 この人、歌手歴が長いだけあって、持ち歌は多い。それに外国の歌も歌ったりするので、俺の知らない曲が多い、というのはチト辛かった。レコードもあんまり持ってないしなぁ。
 ベストアルバム風の CD は多数出ているが、どうも俺の趣味と一致しない。「霧の摩周湖」「愛は不死鳥」あたりを中心にしたのがほとんどなんである。俺としては、「落葉が雪に」「ひとり芝居」から「305 の招待席」あたりの時代がベストフィットなのだが。

 コンサートの前や後に人の話を聞いていると、やはり年齢層が高めなせいか、秋田弁を堪能することができる。親に連れられて、という感じの小学生は見かけたが、その親よりは上、というのがボリューム ゾーンのようだ。
 それでつらつら考えてみたのだが、なぜ方言の使用は大人に傾くのだろう。

 まず、使用歴が長い、ということは言えるだろう。昔から使っているんだし、この年になって、あらためて変えるごどもねべ。
 ということは、今の、方言を使わない (とされている) 若年層が将来、高年齢層になっても方言を使うことは期待できない、ということになる。お先真っ暗だねぇ。

 途中で回帰する、ということもある。紛れもなく俺がそうなのだが。
 故郷に U ターンして言葉遣いが方言に戻るとか、何かのきっかけで「方言っていいなぁ」と再認識した、という人は少なくない筈だ。全体に対する割合としては小さいものかもしれないが。
 これは子供には期待できない。

 子供は社会が小さいので、容易に均質化する、ということは言えないか。
 自分が属するグループがちょっとでも方言から離れると一気にそっちへ行ってしまう、というようなことはないだろうか。
 それに、影響力の大きい人間、というのがいる。親なり、幼稚園や学校の先生なり。その影響をダイレクトに受けてしまう。先生が秋田弁バリバリってことは少ないだろうし。
 とまぁ、これは思うだけである。

 歌の巧い人、というと野口 五郎だが、今、NHK の朝ドラマ「さくら」に出演している。
 舞台が、彼の故郷、岐阜なのだが、やはり地元の言葉はポロっと出てくるものであるらしい。
 これはいささか意外であった。
 野口 五郎が「博多みれん」でデビューしたのは 14 歳のときだから、東京での生活は相当に長いはずである。それに今まで、数々の発話を耳にしているはずだが、それっぽいのを聞いた記憶が全くない。
「さくら」には太田 裕美も出ている。美人だなぁ、と思いながら見ているが、『太田裕美白書』という本があるので、興味のある方はどうぞ。*3
「太田 裕美」と言えば「木綿のハンカチーフ」、という人は多いと思うが、それについても触れられている。成功する、というのが、必ずしもいいことばかりではないのだ、ということが改めてわかる。むしろビジネスマン向けの本じゃないか、と思ったりするのだが。

 大人も、状況によって方言を使わなくなる。
 改まった席、というのはよく言われるが、これは前にも書いた通り、改まった場で使える方言体系が無いからである。無い、では言い過ぎかもしれないが、「標準語」の方が敬意・丁寧度が高い、という考え方が支配的なのでしょうがない。
 かっこつけようとするとやはり方言は使えない。様になるのって京都弁くらいか? でも都会的な雰囲気を出すのは難しいだろう。これはやはり、方言が生活の言葉だから、ということか。改まった場合には、別の体系の表現を使いたい、ということは言えるだろう。イメージもからんでくるし。

 というわけでタイトルに繋がるのだ。
 布施 明の曲で一番好きなのを選べ、と言われたら、俺はこれを挙げる。*4





*1
 プロモータのリバーシティ・オフィスって、あの伝説のフォーク・デュオ、とんぼちゃんの市川氏の会社なんだって。驚いちゃった。市川→リバーシティなんだとか。(
)

*2
「ロック」というのはスピリットである。
 楽器編成とはあまり関係ない。「アンプラグド」という「ロック」が存在する理由を考えてみるとよい。
 不良性とも関係ない。
忌野 清志郎は自転車にのめりこみ、早寝早起きで酒量も減ったそうだが、それも立派な「ロック」。
 まして髪の毛の色なんか。それは「タバコすったら大人になれる」というのと同レベルの発想。()

*3
 得意の
bk1 では一覧に現れなくなってしまった。おかしいな、ここで買ったのに。()

*4
 検索してみたら、「今夜は気取って」というエッセイ集のある“
club 305”というサイトが見つかった。布施 明のファンの人のサイトらしい。()




"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第285夜「黄金週間角館篇」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp