Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第269夜

雪の降る町で (前)




 暮れから正月にかけては大荒れとなった。
 秋田辺りはまぁいつものことで、外に停めてあった車に雪がドッサリつもったって驚きもしないが、東海地方が大変だったのはご存知の通り。
 いや、秋田も晦日には大変だったようだ。実は俺の両親とご親戚一同が男鹿に遊びに行ったのだが、半島を回る海沿いの道で前後左右が真っ白になり、恐くて車をとめてしまった、ということがあったらしい。エアコンも効かなかったとか。泊まった宿は停電、風呂には入れず、料理も揃わなくて、何をどう食ったのか覚えていない、とのことであった。俺はその時間にはこき使われていたので、幸か不幸かそういう目には会わずに済んだ。
 宿では、停電について何の説明もなかったそうである。勿論、役場や関係施設からも。あの猛吹雪では作業も大変だろうから、目処をつけるだけでも大騒ぎではあろうが、「今調べてますので」の一言もなかったらしい。これが秋田の誇る観光地だというから頭が痛い。
 津軽には「地吹雪ツアー」というものがあると聞くが、屋根がはがれたの、標識が倒れたのと大変だったから、流石に観光ネタというわけにも行くまい。

「日本語学 (明治書院)」の 1 月号が、「冬のことば」という特集を組んでいた。
 新潟・鹿児島・四国・山形・北海道・北陸と各地の方言とアイヌ語がたくさん並んでいて、うれしくすらなってくる。山形を取り上げていた佐藤 和之氏の文章などは、物語仕立てになっていて楽しい。
 それに書いてあったのだが、氏の調査では、「雪」で思いつく表現を並べ挙げさせると、その語数は、降雪地とそうでない土地とで 4 倍の開きがあるんだそうである。加藤 和夫氏の文章に寄れば、『現代日本語方言辞典』に載っている「雪」を表現する単語の数は、青森と長野で 15、中国・四国・九州・沖縄は「雪」の 1 語だけなんだそうだ。
 こういうのを聞くたびにいつも思うのだが、「粉雪」「ボタン雪」くらいは、見たり触れたりしたことはないにしても、知っていそうなのものだ。かの地にとって、「雪」「雪国」はそれだけ縁遠いものなのだろうか。
 佐藤氏の調査に戻るが、「非積雪地帯の出身者だけが答えた単語」の中に「雪見障子」があるらしい。「雪見障子」というのは、大辞林によれば*1
猫間障子の一。障子の下部にはめ込んだ小障子が上下し、外が見えるようにしたもの。普通外側にガラスを入れる。
 というわけで、実用というよりは装飾である。積雪地に生きる者に雪を愛でる余裕はない、ということだろうか。

「かんじき (大橋 勝男氏によれば新潟内陸ではカチキとも言うらしい)」は過去のものでないことが最近わかった。D.I.Y. ショップで見つけたのである。流石に靴に固定する部分はゴム バンドだったが、藁のもあった。聞けば、渓流釣りをする人なんかが買うらしい。
 おそらく深い新雪をコいで行くにはこれに勝るものはないのだと思われる。大橋氏の文章にもあるが、雪下ろしで屋根に上る場合は藁沓が滑らなくていいのだそうだ。
 金属性のスコップでは屋根に傷を付ける虞があるので、昔ながらの木のヘラ (コスキ (木鋤)、コーツキ。前述の加藤氏によれば北陸ではバンバコ) の方がいい、とも別の文章には書かれていた。

 秋田ではどうかと思って『秋田のことば (秋田県教育委員会編、無明舎出版)』を開いてみる。
 藁の靴類が思いの外、種類が多いことがわかった。*2
 一口にサンダル状と言っても夏用と冬用があるらしく、ちょっと前にはやった、足首が細くなるというつま先部分だけのものもあった。冬用もアグド (かかと) を覆ったものとそうでないものがある。長靴状のものもある。
 それの多くに「しんべ」という名前が付いているのだが、これはひょっとしたら「わらしべ長者」の「しべ」か。
ふみんだら」というのがある。これはひもの付いた藁の筒である。底が L 字になっていない只の筒。何に使うかというと、これに足を突っ込んで歩くと底面積が広くなる。新雪の積もった道で人の通り道を作るのに使うものである。
 重みで沈んでしまったり寒い思いをするのは人間だけではない。牛馬も一緒。それぞれ「べこく゜つ」「まぐつ」と言う。
てんぼこ」という語を見つけた。ミトンのことで、「手袋っこ」あたりが元か。野口 英世の「てんぼう」ってこれ?

 思わずうなった表現は「銀が付く」である。
 大橋氏が新潟内陸の表現として挙げていたのだが、ブルドーザーで除雪した後がツルツルに凍ってしまうことなのだそうだ。詩的な表現、と言っていいのではないか。
 雪国に住んでない人は知らないと思うが、そういう風に除雪した跡は表面が平らで鏡のようになる。まさに「銀」である。ただでさえ滑りやすいのに、これが凍ると大変なことになる。

 詩と言えば雪形か。
 山の表面は平らではないから、暖かくなると、雪が溶けたところと残ったところで様々な模様ができる。それを色々なものになぞらえたのが雪形である。各地で、○○山に◇◇が現れると春、とかそんな言い方をする。
 白馬というスキー場で有名な地域があるが、これなんかは雪形の「代かき馬 (この馬が現れると田んぼの代掻きをはじめる時期)」が「代馬」、さらに「白馬」となっただそうな。
 昨今では、新しい雪形を見いだそうとする動きもあるようで、数年前、「ゆきのまち通信」が丁寧に追いかけていた。検索エンジンに「雪形」と入れると山ほど見つかる。*3




*1
 「猫間障子」は、同じく
大辞林に寄れば、
障子の一部にガラスをはめ込み、その部分に上下または左右に、開閉できる小障子を組み込んだもの。猫間。
 なお、「雪見障子」を引くと、【摺り上げ障子】に飛ぶようになっている。 ()

*2
「わらぐつ」は「藁沓」と書くらしい。確かに、「藁」であって「革」ではないから「靴」の字は当てられないのだと思うが、
大辞林で「靴」を引くと、「古くは、革・木・布・絹糸・藁(わら)などで作り」なんて書いてある。 ()

*3
 申し訳ないが、雪形のホームページを作っている皆さん、「これが馬」とか言われてもどれがそうなのかわからないので、隣に縁取りした絵なんかを並べていただけないでしょうか。模様がたくさんあるし、上下左右が一定してないし、わからないんです。 (
)






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