Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第268夜

英語公用語論について (後)




 方言については、こうした純潔主義はよく見られる。方言の差異がそもそもアナログであることを見落としている人に多い。
 確かに、川一つ越えたら別の表現というのは良くある。日本の東西を分ける線が、ほぼフォッサマグナに添って伸びていことも知られている。
 だが、個々の表現にまで下ろしていくと、その線は大きくぶれる。語彙だけでなく発音や文法まで含めると、三重が東日本側に分類されてしまうことすらある。
 言葉というのは、流通するものなのであって、変化するものなのである。線を引ってアッチとコッチに分けるのが (学問的にはともかく) そもそもの間違いだ。

 英語の公用語化については、船橋氏の「おそらく、私は日本と日本人の将来について楽観的なのだろう」という一文がキーになると思う。
 俺は悲観的なのである。
 公用語化する、ということは、公務員の例えば半数程度は英語を駆使できなければならない、ということである。
 しかも話す聞くというレベルではない。公務員の仕事は交渉事だ。外国人用の窓口を設置して国際化です、などというレベルではない*1。英語で議論し、折衝していく力を持たなくてはならないのである。それは可能か?
 そして英語を教える教師たち。その大半は公務員。パスポートも取得したことがないような英語教師に、実のある言語教育は可能なのだろうか。*2
 民間も同様。現地法人を持っているような大企業なら既にやっているようなレベルのことを、中小企業でもやらなければならなくなるのだ。それは可能か?
 これは、一世代でどうにかなるような話ではない。我々日本人の考え方そのものをひっくり返す必要がある。それは不可能だと思うのだがどうだろうか。

 地域方言ではなく、世代方言の話だが、「だいじ」という言葉がある。
 ある人が自動車事故に遭って、車が破損した。それに対して「だいじですか?」と尋ねる。これはどういう意味か。
「大事な車だったんでしょうねぇ」ではなく「大丈夫ですか」の短縮なのである。「だいじょうぶ」→「だいじ」というわけだ。
 確かに、かなり短くはなる。その効用は否定しない。
 だが、このケースでは誤解を招く。他の場面で「だいじ」を使うのは構わないが、ここではマズいのである。そこに気づけないというのは、迂闊ではないか。
 自分の言葉について無自覚、というのは東京者に限ったことではないということだ。
 こないだ、ニュース番組でしきりに「横断幕」と言っていて、その割に横断幕が一向に出てこないな、と思っていたら出てきたのは縦長の幕で、どうやらそれを「横断幕」と呼んでいるのだ、ということがわかった。
 ビルの壁面などに上からつるすそれは「懸垂幕」と言うのが正しい。そのコーナーを担当した、アナウンサー/ディレクター/記者などなどの中に、「おうだんまく」を漢字で書ける者が一人もいなかったらしい。
 これが、日本語を使う人々の現状である。

 英語と Internet は絡めて議論されることが多い。確かに、Internet の普及で多量の情報が英語でダイレクトに入ってくるようになった。
 皆さんの意識としては、その「普及」はいつだろうか。
 一般には、1996〜1997 あたりかと思うが、俺としては 1994 年ではないかと思っている。というのは、Internet Magazine という雑誌の創刊がこの年だからである。
 他の雑誌での特集はそれ以前からあった筈で*3、おそらく増刊や別冊という形態もあったかと思われる。だが、雑誌そのものが創刊されるということは、関心を持っている人の数の桁が変わったということだ。
 勿論、あの時点では、まだプロや「オタク」のものだった。だが、「世界とつながっている」と感じた人は少なくなかった。問題は、それを表明する場自体が Internet (とせいぜいが口コミ) であった、ということである。一般メディアは見向きもしなかった。
 その間、10 年弱。英語にしろ“IT”にしろ、ほとんど何もしてこなかったことのツケを、そのうちに払わされることになる。100 年に渡って抑圧されてきた方言がどうなっているかを考えてみるといい。




*1
 国際化をテーマとしたシンポジウムが開かれた。それに参加した某議会の議員は、その後の懇親会で、歓楽街にある風俗営業の国際化について熱く語っていたそうである。議員同士で。
 女性 ALT に対する、役人のセクハラ事件も後を絶たない。
 なんだかんだ言っても、世間を動かしていくのは、この連中である。これでは楽観的になどなれない。(
)

*2
 不況になると教育学部を志望する高校生が増える、というのは有名な話。公務員も同様。
 安定を求めてなった教師や役人に期待などできない。
 尤も最近は、高校生にアンケートを取ると、教師は「なりたくない職業」のトップなんだそうである。さもありなん。(
)

*3
 その前年だったと思うが、電子メールで仕事の情報をやり取りしましょう、と言われたことがある。俺は NIFTY-SERVE (現在の
@nifty) のアカウントを持っていたが、NIFTY と Internet を接続する実験が行われていたのがこのころ。
『日本語百科大事典 (1988、大修館書店』などは、技術的な内容は古いものの、電子メールなどのメディアについて触れている。
 つまり、仕事で使っている人は既に相当数いたのである。 ()






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