Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第254夜

すれちがい宇宙




ガンバレ」という言葉。
 この言葉には問題がある、という話を聞いたのは 94 年頃か。例の「バブル崩壊」もあったと思うのだが、サラリーマンの自殺の過労死なんてのが大きく取り上げられるようになった頃である。
 仕事で辛い思いをしている人に「ガンバレ」というのは禁物だ、というのである。その人は既に頑張って頑張ってギリギリのところまで追い詰められているので、それに「ガンバレ」というのは、止めを刺すに等しい、という話だった。

「ガンバレ」が多用されるシーンとしては、スポーツやなんかの試合がある。多くの場合、観客が選手にかける。つまり、「ガンバレ」というのは「俺は見ているだけだ」というのが前提としてある。
 前提というのはきついかもしれない。が、選手同士の激励であっても、辛い思いをしているのはまさにその本人である。どちらも辛いかもしれないが、自分の辛さは自分だけのものである。いずれ、「ガンバレ」という言葉を境界として明確に線が引かれている。まぁ、これは命令形全般に言えることではある。
 同じ頃、阪神淡路大震災でオリックス ブルーウェーブが「がんばろう神戸」というキャッチ フレーズを掲げていたが、この「ガンバロウ」は、「俺も頑張る、自分のできることをする」という意味なので、好感を持って受け止められた。
 俺も自転車レースをやるので、ガンバレという声援を受けることがある。それはそれで確かにありがたいのだが、こっちがヒーヒー言っている場合は、正直言って、「これでも頑張っとるんじゃ、頑張っとらんように見えるんかい!」と心の中で毒づいていたりする。確かに、あのスピードでは頑張っているようには見えないのかもしれない。

 こういう話は時々することがあって、そうすると「素直に受け取れ」という反応が来ることがある。
 いきなり話がそれるが「素直」は価値判断が伴う言葉なので、この表現には「お前はひねくれものだ」と解釈されてしまう可能性が潜んでいる。恐らく、大多数の人は「文字通りに受けとれ」という意味で言っているのだと思うのだが。
 話を戻す。
 そういう人って、本当に苦しい思いをしたことがないのじゃないか、と思うのだがどうか。過労死だと話が深刻だからあれだが、スポーツをしていて「辛い、自分の体力の限界まで来ているような気がする」というときに、「ガンバレ」と言われると、うれしくないという感じ方をするのは普通じゃないのかなぁ。

 やっと方言に話が移る。
「手伝う」に相当する表現は、Google でざっと検索した限りでは、
1. 「手伝う」の変形
2. 「助ける」の変形
3. 「加勢する」の変形
4. 「手合」の系列
 に別れるように思われる。
 大阪落語なんか聞いていると「てっどうでや」「はよ、てっだわんかいな」なんてのを耳にすることがある。これが、1. 他に、「てちだう」「てんだう」「てたう」などがある。
 2. は、山陰や東北に見られる「すける」「しける」。
 3. は、大分に見られる。「かっせる」などという。
 4. は、山陽から九州北部の一部に見られる。「手合する」と使う。

 以前、映画監督の大林 宣彦が「手合」について熱く語っていた。
 曰く、「手合」というのは、手を合わせるのである。傍観でもない、上から見下ろしているのでもない、下のものを使うのでもない、いっしょにやるのだ、ということであった。
 実際、地元 (大林宣彦といえば広島県尾道市) の人達の「てごうする会」というグループと一緒に映画を作ったりしている。
 言われてみれば「助ける」には、上からの視線を感じる。目下の人間に「助けて」とは言い難いように思う。「助けろ」という表現には一抹の違和感がある。仕事で四苦八苦している上司が言うのであれば「手伝ってくれ」になりそうな気がしないだろうか。
 その「手伝う」には、自分の本業でない、というニュアンスがあるように思う。だから、その部下は、「手伝いのはずが、いつのまにかプロジェクトに組み込まれてしまった」なんて言うことができる。

「ガンバレ」という人も、「素直に受け取れ」という人も、おそらく悪意はないと思うのである。
 だが、言葉は、言った人のものであると同時に、聞いた人のものでもある。そこで共通の理解が得られないと、思わぬ事態を招きかねない。
 だから俺は「がんばれ」も「素直」も使わない。
「素直」は言い換えが聞くからいいが、「がんばれ」を避けようとすると時折、言葉に詰まる。上手い言い換えがない。
 これはおそらく、激励するという行為そのものが、線を引いたり、上から見下ろしたりする、不遜なものを含んでいるからではないか、と考えている。



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