Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第249夜

めし




「寝る」「風呂」と来たから「めし」もやらなきゃダメかと思って。

 前回、風呂がわずらわしい、時間が勿体無い、というような話をした。実は食事についても同じ傾向で、面倒くせぇなぁと思いながら食っていることが多い。
 世に自称他称のグルメは多いが、旨いものがわかる、というのは、旨くないものがわかる、ということでもあって、そういう人の場合、(彼らにとって) 旨くないものにあたったら苦痛だろうなぁ、と思う。いつもいつも (彼らにとって) 旨いものが食えるわけではないんで、人生で大損こいていると思うのだがどうか。
 なににせよ執着が強いのはよくない。

まま」「まんま」を方言形としている人も多い。
 大辞林によれば、「幼児語」なんだそうである。が、その認識は正しいんだろうか。
 東北一帯で大人も子供も使う。「それをとりあげられちまったらおまんまの食い上げだ」なんてフレーズも時代劇や落語に出てくる。幼児が口を糊する方策について発言することもあるまい。尤も、昔は大人も使っていた、という解釈はあるのかもしれない。
 一方で、これを方言、正確には、ある地域特有の俚言とするのも無理があるような気がする。前回、紹介した「(お湯を) うめる」同様、文体の高い場面では使われない俗語と捉えたほうがいいのではないか。確かに土着的な感じはするが。
「まんま」を「旨旨」とする説もあるようだが、喃語 (なんご) じゃないんだろうか。大辞林から引っ張るが、
〔「喃」はくどくどと語る意〕
(1)男女がむつまじくささやき合うこと。また、その言葉。「妓を擁して―する/火の柱(尚江)」
(2)〔心〕 乳児期の、まだ言語とはいえない意味のない音声。言語習得の最初期における発声。
 勿論、後者である。子供にとって発音しやすい音だということ。「旨い」自体が喃語だったりするのかもしれないが。

「ごはん」というのも不思議な単語だと思う。
 狭義では米を炊いたものだが、食事そのものを指すこともできる。他の言語でこれに相当する表現はあるんだろうか。

 方言でよく話題になるのは、塩気である。これを「からい」という地域がある。
 こないだもある場所でそれが話題になった。「しょっぱい」の地域出身で「変なの」という人がいて閉口したのだが、これも辞書を引けば納得する。
から・い 【辛い・鹹い】
(1)舌が刺激を受けるような味だ。胡椒(こしよう)・山葵(わさび)・芥子(からし)などの舌がひりひりするような感じの形容。
(2)塩のきいた味だ。塩からい。しょっぱい。《鹹》←→甘い「今日の味噌汁はちょっと―・い」
(以下略)
 つまり、「からい」の本来の意味は「舌に刺激がある」なわけだ。この「鹹」という字そのものが、「鹹水 (かんすい)」という語でわかる通り塩気なんである。
 方言の本質は、世の中の切り取り方にある。ある地域では「舌に刺激のあるもの」を「からい」でまとめ、ある地域では「塩気」を別の表現とした、それだけのことだ。それを掴まえて「変なの」は僭越である。
 そもそも「塩からい」という表現が、「からい」の方が由緒正しい表現であることを示している。*1
「しょっぱい」にはやや俗語臭がある。高血圧症が多い割に、この国では「塩気」に関する表現が固まっていないようである。
 逆に「甘い」なのだが、「味が薄い」という意味になることがある。これは秋田弁全体なのか、我が家だけなのか。汁ものが甘い、なんて場合、塩気が少ないのか、味醂を入れすぎたのかちょっと判断に困ることがある。

 秋田弁では、味覚の基本感覚は「あめ」「しょっぺ」「すっけ」「にげ」。
すっけ」だけが異質。「軽っけ」など、少数だが、先頭が標準語形と同じで「っけ」で終わる形容詞が秋田弁にはある。

 前々回、「田尻のことば」について取り上げたが、それによれば「ぼだ」は魚の塩漬け全般を指すものなのだそうだ。実質的に鮭がほとんどなので、塩鮭の切り身を「ぼだ」「ぼだっこ」と言うようになった、ということか。
 これは、どう調べても秋田県以外の例が出てこない。「ぼだ」ってなんだろうなぁ。

 随分と前に「めっこまま」についてちょっと書いた。炊くのに失敗して芯が残っているご飯のことで、飯盒でやってもいいが、手軽に体験するには、米を研いで炊飯器に入れ「保温」のままにしておくとよい。一晩立つと「めっこまま」ができている。
 こっちは、秋田と山形くらいでしか使われない模様。だから「めっこ」って何よ。

 世の中には、我慢して長生きするより、旨いものを好きなように飲み食いして早死にするほうがいい、という人がいる。タバコもそうだけど。それは、やりたいことがない、ということなんだろうか、と常々思っている。*2
 何かを達成する途上で倒れても、無念とは思わないんでしょうか。




*1
「甘い」と「旨い」の音が似ているのは偶然ではない。英語の“sweet”を参照。


*2
「…ほこりも立てず 長生きしてる 馬鹿がいる」というような狂歌だか川柳だかががあったと記憶しているのだが、思い出せない。
 調べようと思って、検索エンジンに「長生き AND 馬鹿」と打ち込んだら、犬や猫の話題のページが多く見つかった。「馬鹿なコだけど可愛い。長生きしてね」という人が多いということであろう。久々に、ホンワカした気分になった。





"Speak about Speech" のページに戻る
ホームページに戻る

第250夜「おなじみ大爆笑の方言企画」へ

shuno@sam.hi-ho.ne.jp