Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第246夜

ほうほう族




「ほうほう族」というのは、敬語を使うことが期待される場面で「のほう」をつける人のことである。「のほうズ」という呼び方もあるらしい。「ご注文のほう、お決まりですか」なんてのはよく耳にする。
 こういう名前がつくのは、この言い回しを嫌っている人がいるからである。
 俺もそのクチである。鬱陶しい。
 もっと嫌なのは「になります」。「こちら、ミソラーメンになります」なんて言う。これからミソラーメンになるのであれば、今は一体、なんなのだ
 ここまではまだいい。
 敬意を示すときに、そのものズバリを指さずにぼかした言い方をする、というのはよくあるやり方だからである。例えば、お城の所有者である偉い人は「殿」と呼ばれるが、これなんか、「御殿」「紫辰殿」なんて単語でわかるとおり、本来は建物の名前である。そこの主人を示すのに、建物の名前で代用したわけである。
 そもそも、二人称の「あなた」も「貴方/彼方」である。
 話を戻す。嫌なのは、「ご注文は以上でよろしかったでしょうか」の「かった」である。過去形にする理屈がわからない。そこまで羅列した内容が正しかったかどうかを問うているのだろうか。

 さて、風の噂に聞いたのだが、この「ほうほう族」の源流が秋田なのだそうである。
 根拠は秋田音頭。
 と聞いたのだが、俺の知っている歌詞では「ほう」が出てこない。まぁ、民謡にはバリエーションがあるが。

 確かに、「おらほ」「うぢほ」なんて言い回しは秋田弁にある。「俺のほう」「うちのほう」という意味である。
 特別な意味があるかというと、そんなことはない。「こっちのほうがいいね」などと一緒で、二つのものを比べて、一方を取り立てる場合に使うわけである。「おらほ」は「(あなたのほうじゃなくて) 俺のほう」という意味。
 尤も、使い方は少し違う。「俺の奴のほうがいいな」というのは「おらほのがいいな」と言ったりする。形の上では、「ほう」と、「奴」に相当する形式名詞の「の」の順番が逆転するのである。

 が、これと「ご注文のほう」には接点がない。
おらほ」は「俺」をぼかした言い回しではないのである。
 聞くところによると、これを言い出したのは、どこかの大学の教授らしい。
「TV タックル」という番組で 6 月に取り上げられていたらしいのだが、詳しいことを知っている人は教えて欲しい。
 秋田から伝播していった様子なんかが地図で示されたのだろうか。
 それとも、ちょっと口にしたことを、番組スタッフが針小棒大に取り上げたのだろうか。

 この「ほ」の使い方だが。
おらほ
うぢほ
あだほ (あなたのほう)
おめほ (おまえのほう)
 …これしか思いつかん。
 複数形の
おらがだほ
あだがだほ
おめがだほ
 はなんとか使えるか。でもちょっと不安。
 三人称の
*あれほ
 も、指示代名詞つきの
*こっちほ
*そっちほ
 も、普通名詞つきの
*右ほ
*課長ほ
 も、固有名詞つきの
*佐藤ほ
 も使えない。「佐藤さんほ」と「さん」がつくと使えるようになるが。え、なんで「さん」がつくと使えるんだ?
 動詞にくっつく「〜したほうがいいよ」というような形は同じである。
 意外に難しい語だったか?
 感覚的には、「おらほ」「うぢほ」「あだほ」「おめほ」という一単語だと考えた方が収まりがよいように思う。問題は「佐藤さんほ」だが…。
 いずれ、「ご注文のほう」からはいよいよ遠くなってしまった。その先生は、何を根拠に秋田が「ほうほう族」の原産地だ、なんて言ったのだろう。

 消火器販売の詐欺で「消防署のほうから来ました」というのがある。これなんか古い話だと思うのだが、意味こそ違え、それと同じ形式を使っているのだということに使用者は気づいているのだろうか。




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