Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第239夜

すぎでね (後)



「使えねぇ」という語は俺もよく使う。「使い物にならない」ってことで、別に秋田の俚言ではない。
 ただ、初めて耳にした時をはっきり覚えている。マクドナルドでアルバイトし始めた頃のことで、別のアルバイトのことをこう表現している人がいた。上手い表現だな、と思ったものである。
 俺を拘束しているプロジェクトで開発の対象となっている機械には、履歴を保存する機能がある。
 その機械に対してどういう命令を発行して、その機械がどういう反応をしたのか、というのが、その機械の内部に保存されているので、動作確認の時などに便利である。
 そういうデータを保存しておく領域は大きさが決まっているから、処理を続けていると、いつかはその領域を使いきってしまう。その時、この機械、領域を全部クリアして最初から書き直しやがるのである。
 例えば、ルーズリーフ式の小遣い帳なんかを考えてもらうといい。そのバインダーには 50 枚しかはさめないのだが、50 枚目を使いきると、まっさらの 50 枚に置き換えられてしまうのである。これでは、50 枚目に書いてあった内容を二度と参照できない。まともな技術者が作った機械なら、最初の 1 枚を外し、後ろに新しい 50 枚目を足すように作るものである。
 長くなったが、こういうのを「使えねぇ」というわけ。作った人間は「足りね」と言われても文句は言えない。ノータリンの「足りん」であろう。

とどりね」という表現もある。これは「まとまりがない」「訳の分からない状態」「乱雑」というような感じ。
 聞くところによると、「頭取がいない」らしい。
「頭取」というのは、不良債権にあえぐお偉いさんではなく、土木工事など、複数の人間が力を合わせてやるような作業の場合に、「そーれ」なんて音頭を取る人のことを言うのだそうだ。そういう人がいないと、まとまりがなくなってしまうわけである。
 また、「色とりどり」の「とりどり」で、雑多なことから来ている、という説もある。
 念のために言うが、これは個人を形容する表現である。

 システムの設計者が、自分が決めたことを忘れて、別の個所で、それと矛盾する発言をしてしまうことがある。
 そういう場合、「なに、もぞ こいでるなや」と言われてしまう。「もぞ」は「寝言」。
「妄想」だそうな。「昼間っから夢みてると承知せんぞ、おい」ということ。
 この「こぐ」(「ぐ」は濁音) は、良くないことをするときに使われる。「馬鹿こくでねぇ」あたりを思い出してもらうといい。
 秋田では「馬鹿こくでねぇ」とは言わないが、「ばす こぐ (嘘をつく)」「ねぷかぎ こぐ (居眠りする)」「じんぴ こぐ (「人品こぐ」と書いて、おしゃれする、の意)」などがある。

 誰かが大ヘマをこいたとする。それなのに「約束があるので帰ります」なんて言うと、「どぶで奴」の烙印をおされてしまう。これは「ふてぇ奴」と置換可能である。
 そういえば、だいぶ前になるが、「どぶてけし」という野球マンガがあった。「おがみ松五郎」というツッパリ系マンガをご記憶の人もあるかと思うが、同じ作者のものだ。秋田県出身らしい。

 前に、「つらましね」と「うしゃらしぐね」について、よくわからない、と書いた。
うしゃらしぐね」は、「うす いやらしくない」なんだそうな。
 ひっかかるのは「ない」だが、否定の意味ではなく、甚だしい様を示す形容詞語尾、とのこと。
 そういえば「しょわしね」という単語があって、これは「せわしない」なのだが、別に「せわしい」という言い方もある。「やがましね」と言ったりもする。
つらましね」の方は、Internet で調べてみて驚いたのだが、「いやなやつ」と「可愛そう」の正反対の説明がある。
 これは「面ましね」で、厚顔無恥なふるまいを言う言葉で、そういうことをするのは「いやな奴」であり、された方は「可愛そう」だ、ということらしい。

 肝心の「怒る」を忘れていた。
ごしゃぐ、ごしゃげる
きもやぐ、きもやげる、きまげる
ごげる
きんじたげる
 あたりが使用範囲が広い。全県的には「ごしゃぐ
きもやぐ」は「肝焼く」、「ごしゃぐ」は「後世焼く」「五臓焼く」という説がある。「後世焼く」って何?

 仙台行きをキャンセルさせられたのは 1 ヶ月も前のことである。
 まだはらわたが煮え繰り返っている。
 こういう人間のことを「ねちょふけ (執念深い)」と言う。




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