この話をするといつも「イメージと違う」と言われるのだが、俺の部屋では、夏季にはなんらかの鉢がある。勿論、隣の部屋のではなく、俺がやっているのである。
水栽培のこともある。大き目の鉢 (というのか瓶というのか) が見つからないのだが、どこに行けばあるんだろう。言えば、水栽培できるような種の球根に会うことも少ない。
どの花を育てるのかをどうやって決めるかというと、それはもっぱら思いつきと、店頭に何があるか、である。今年の場合は、春先にスーパーに行ったら \100 で矮性のひまわりとマリーゴールドを投売りしてたのでこれを買った。目下、順調に成長中である。
これを「
おえる」「
おいる」もしくは「
おがる」と言う。
「生える」と書くのだと思う。
これについては諸説あって、植物類は「
おえる」なんだとか、発芽が「
おえる」で成長することが「
おがる」なんだとか、ちょっと判断つきかねる。俺としては後者に軍配を上げたいところなのだが。
『秋田のことば』によれば、「
おがす」という他動詞形もあるらしい。この「が」は鼻濁音である。普通の濁音で言うと「犯す」になるので注意。
この本には「おえる」が掲載されていない。それはまずくないか。
人間に向かって、例えば子供に向かって「大きくなったねぇ」という意味で「
いぐ おがったごど」と言うと、やや諧謔味が加わるような気がするのだが。場合によっちゃ怒られるんじゃねぇか。
東海から中部にかけては「
おろぬき」という単語がある。
農産物を間引きすること、または間引きした作物を言う。隣近所に「
おろぬきですけど」などと言っておすそわけするわけである。
間引きそのものは農業地域であればどこでもやる。が、東海で使われるこの単語は、台風と関係があるのではないか。
ご存知の通り、東海地方はよく台風が通る。半島部は風が強い。そのため、最初から固めて植えておくのだそうである (単なる直播でなく、意図的に固めておく)。そうしておくと強いわけである。で、風の季節を乗り越えて、一定の大きさになったところで、間引きする。これを「
おろぬき」と呼ぶのだと思う。他の地域の間引きとは背景が違う、ということだろう。
「
おろぬく」は国語辞典や古語辞典にも載っている。「疎抜く」と書くらしい。俚言とは言いにくいようだが、実質的には俚言じゃねぇかなぁ。
ただ、ネイティブはそうは思ってないようだ。「
おろぬき体験」なんて言葉が Internet で見つかる。
三浦半島では、単に「
おろぬき」と言うと「おろぬきした大根」を指すこともあるようだ。
単に「ねぎ」と言ったら、長葱ですか? 玉葱ですか?
「
ずくし」というのはどうだろう。近畿圏の言葉らしいのだが。
これも漢字で書ける。「熟柿」である。どうやら「気づかない方言」の一つのようだ。
同じように Internet で調べてみると「柿ずくし」というのが見つかる。よく読んでみると、今日は柿をたくさん食べた、なんて書いてある。それは「柿
づくし」。
もう一つ近畿の言葉、「
じゅんさい」。
「蓴菜」であれば、わが秋田の名産品である。きれいな水でないと育たないのだそうな。洗濯の水のレベルでアウトらしい。
きれいな水で思い出したが、伊豆なんかに行くと清流を引いた山葵田がある。ソフトクリームまである。が、ワサビそのものは清流でなければ育たないというものではないらしい。いい水ならいい山葵が育つが、その逆は必ずしも言えないのだそうな。
東海から近畿に話を戻すと、この「
じゅんさい」は「蓴菜」から来たもので、「頼りない」「はっきりしない」「とらえどころがない」「調子がいい」という意味なんだそうな。人について使う。
これが、京都に行くと、「落ち着いた」という意味も持ってくるらしい。ジュンサイも出世したもんである。
でも、この意味って、ジュンサイを食べたことの無い人にはピンと来ないだろうなぁ。まぁ、植物なのだが、ヌルヌル系の食べ物である。
秋田に来なさい。
「
なすび」は、俺にとっては理解語彙である。関西の匂いを感じるのだがどうか。
漢字で書くと、ナスもナスビも「茄子」なのだが、「ビ」はどこに行ったのだ?
花、というと思い浮かぶのは、朝顔・ヒマワリ・マリーゴールド・チューリップ…。
これ、何かというと、俺がご幼少のみぎり、
学研の『かがく』もしくは『科学』の付録で入手して育てた奴なのである。スミレとかランというのはかなりの数を列挙しないと浮かんでこない。
先週の話ではないが、「教育」の刷り込みというのは恐ろしい。
ただ、一番好きなのは何ですか、と聞かれると、プリムラと答える。地面ではなく、鉢植えにしたときに顕著だが、葉が鉢一杯に広がり、花も原色でわかりやすい色のが固まりで咲く。意外にゴージャスな花だと思うのだが、いかが。