Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第203夜

津軽弁雑感



 MTB のレースで青森に行った。
 深夜残業が続いていて、おかげで鼻風邪気味だったのだが、帰ってきたら本格的な風邪になってしまった。レースでの疲労もさることながら、秋田−青森の 5 時間の運転で疲れたのが原因ではないかと思っている。
 高速道路をフルに使い休憩も取らずに行けば 4 時間位にすることも不可能ではあるまいが、それにしても隣県の県庁所在地まで 4 時間とはなぁ。

 行ったのは青森市と、その隣の西津軽郡 平内 (ひらない) 町である。平内町にある夜越山スキー場がレース会場。
 夏泊 (なつどまり) 半島の民宿か、浅虫 (あさむし) のホテルあたりに泊まると近いのだが、久しぶりに青森市街をぶらついてみたかったので駅前のホテルにした。

 いつも思うのだが、津軽弁の特徴は、なんと言ってもあのイントネーションであろう。
 頭低ではじまり、2〜3 音節目あたりで上がったかと思うと、二度と帰ってこないのではないか、と思わせるくらい長く続き、文末になってやっと下がる、というパターン。かなり誇張気味ではあるが、どこで聞いても「津軽弁だ」とわかる。
 よく、津軽弁は早口で、南部弁はゆったりとしている、というようなことが言われる。俺が、津軽弁は早口だ、とは思わないのは、自分が津軽弁で育ったからだろうか。

 津軽と南部弁といえば、言葉遣いマニュアルを作成したそうである (秋田魁新報 2000/9/9 夕刊)。
 「オイコラ」式の横柄な態度をやめよう、というのではなく、方言を使うと通じないことがある、ということを認識しよう、という呼びかけである。
 具体例として、津軽の警察で「あさって来い」と言ったところ、相手が明後日にやってきたが、既に締め切りが過ぎていた、という話があげられていた。
 津軽で「あさぐ」と言ったら、「歩く」という意味。つまり、警官は「歩いて来い」と言ったのである。
 転勤族とか学生とか旅行者とか、方言で話したら通じない相手がいるのはどこの地域でも一緒だが、県内に全く体系の異なる方言を抱える青森県では特に重要な問題だろう。個人レベルなら「あぁすまんすまん」で片付くことも、相手が役所であっては、洒落にならない事態も起こるであろう。
 まぁ、そのこと自体は今に始まったことではない。100 年も前からの話だ。これが今の時期に出るあたり、ひょっとして警察の不祥事が続いたから、改めて気を使ったということかしらん、とうがった見方をしてみたりもする。

 そう言えば前に、「めぐせ」が、津軽では「恥ずかしい」、南部では「醜い」である、という話をしたことがある。これも深刻な事態を招きかねない差異である。

 話をイントネーションに戻そう。
 青森市で大手の本屋に行った。残業続きで買いそびれている本と雑誌がたまっているのと、ご当地本を物色するのが目的。津軽は、地方出版の盛んな地域である。
 そこで、中学生の女の子が母親と一緒に何やら品定めをしているのを見かけた。
 この二人がまた、見事な津軽イントネーションである。
 中学生というとそろそろ言葉遣いが気になり始めるころ。それが津軽弁を保持しているのがうれしくなった。

 とは言え、これまた何度も書いているように、イントネーションやアクセントは変更が難しいものである。これは目下の関心事なのだが、とりあえずは、意思伝達においてイントネーションやアクセントが持っている役割が、巷間言われているほど、重要ではないから、というのが理由の一つではないか、と思っている。
 会話でわからない単語が出てくると、直ちに「それどういう意味?」と聞き返すのが普通だ。しかし、場合にもよるだろうが、アクセントが違っていた場合は、意味を聞いたりせずに「アクセントが違う」と指摘するだけであろう。「違う」ことがわかった、というのは、とりも直さず、その単語の意味が了解された、という意味である。
 日本各地で、無アクセントやら一型アクセントやら、アクセントやイントネーションが意味の弁別に寄与しない方言が数多くあるのが何よりの証拠だ。
 まがりなりにも通じてしまうから、変更しようという力が強くかからないのではあるまいか。
 たまに (とは言いながら意外に多いが) ひとつの単語を、アクセントを変えて発音しても違いを認識できない人がいる。また、違いはわかっても、その通りに発音できない人もいる。器質的な問題ではなく、英語学習で“l”と“r”とで苦労するようなもので、訓練すればどちらもできるようになる筈だが、逆に言えば、訓練が必要だ、ということでもある。
 イントネーションとアクセントの変更が難しいのは、耳と口の両方が呼応しないとダメだからであろう。

 帰る途中、青森空港の裏手で園芸屋を見つけた。
 名前は「土々舎 花々舎」。
どどしゃ かかしゃ」と読むらしい。これはきっと「父母」にひっかけてあるのだろう。
 巧いネーミングだと思う。




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