Speak about Speech: Shuno の方言千夜一夜




第169夜

好きやねん、大阪弁−番外編−




 もう一ヶ月も前の話やねんけど、年末年始で寄席演芸を見る機会が多かってん。もとも
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と好きな方やし、寄席芸とちゃうドタバタのお笑いはどないも底が浅ぅてつきあいきれん
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よって、ベテランの芸ばっかり見とったわ。俺が一番好きなんは、いとしこいしに敬意を表
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しつつ、オール阪神巨人や。
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 っちゅーこって、大阪弁づいてんねん。
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 前回、『言語』誌の 1 月号が「『大阪語』論」っちゅう特集をしてるっちゅう話をしたけど、
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それを筆頭に大阪弁に関する文章がいちどきに集まったよって、それを混ぜ合わして
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話をしてみよか。


 まず、大阪ちゅう街の特質を整理しとこか
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 尾上圭介・葛西聖司・若一光司 3 氏の座談会「大阪のことば、大阪の文化」でも、佐藤
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誠の「大阪弁の精神」でも、江戸の住民の半数が武士やったのに対して、大阪ではどな
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い多く見ても一割に届かんかったこと、男女比も、江戸で男 4: 女 1 やったのに、大阪で
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はほぼ半々やったことを挙げとる。どっちも、形式ばっかで理屈の通らんもんを許さん気
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風や、あけすけで精神的な垣根の低い気質を醸成する原因になったとしたる。
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 更に俺の管見を付け加えるんにゃったら、江戸にしろ、東京にしろ、その成立期に多数
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の人間が流入しとる。人の流入だけやったら都市の性格として当然のもんで、大阪でも京
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都でも一緒やねんけど、流入してきよった人間が権力を背負っとるっちゅー点が違とる。
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これが自然で率直な交流を妨げとったんやないやろか。
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 更に、古くは京都に対して、近くは東京に対して、と常にナンバーツーやった。それやから
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こそ生じる活力、という点にも留意しとこ。


 大阪は大都市や、て書いた。
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 これは確かにその通りや。人口やら経済力やらを敢えて言うまでもあれへん。
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 そやけど、『日本語学』誌 12 月号で井上史雄氏が、大阪弁を真似して使おうとしたら、
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大阪の人に、気色悪いよってやめて、言われたと書いたる。これを、寛容度の低さと見て
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いるわけや。
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 そう言えば、俺にも経験がある。色々と他地域の方言を使てみたことあるけど、やめて
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くれ、ちゅうのは大阪だけのような気がする。京都はどないやろ。
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 大阪弁に誇りを持っとるから間違いを看過でけんという見方もできるかもしれんけど、
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他者が溶け込もうとして行っている努力を認めんあたりは、田舎的性格と考えてもええん
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やないやろか。
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 なお、『言語』誌の座談会では若一氏が「大阪弁帝国主義」という表現を使てる。


 さて、大阪弁は一大勢力を持った方言や。子供も大人も使てるやろ、と我々は思う。が、
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そうとちゃうねんて。
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 真田信治氏の「変容する大阪ことば」で、幼児期には標準語でしゃべって、小学校中学
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年あたりで急激に大阪弁に移行する実態が報告されたんねん。
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 これは、去年の、道路公団における大阪弁禁止令とならんでショッキングな話や。
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 大阪弁だけやのうて、秋田で幼児が「こっち来て」と秋田弁ど思わいねいんた表現で親
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どご呼ぶ
、ちゅう事例と考え合わしてみると、方言が第二言語として位置づけられとるん
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とちゃうか、という指摘は重要やね。


 もう一つ、別の雑誌から。
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 バベルの『翻訳の世界』1 月号に、泉山真奈美氏の「アメリカン・アフリカン・スラング
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は関西弁とノリが一緒や!」という文章があんねん。
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 内容は読んだまま、ラップミュージックで使たるスラングを日本語に訳す際、「標準語」
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で訳すよりも関西弁にした方が「ノリ」や「グルーブ」を伝えやすい、ちゅうものや。
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 例えば、“What's up”という表現を取り上げたる。これは、教科書的に訳せば「どない
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なっとんねん?」やけど、この場合は日常的な挨拶で、ほとんど意味はあれへん。「調
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子はどうだい?」と訳すことが多いねんけど、堅すぎる。日本の高校生がそない言うとは
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思えへん。
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 そこで「まいど!」と訳してみるわけや。
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 確かに堅さは取れる。そやけど、大阪の高校生は日常的に「まいど!」言うとるんか?


 “I'm crazy for you.”を「好っきやねん」と訳すと合う、とも書いたる。
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 これと対立するんが、上の座談会で出てくる、「好きやねん」は、単なる告白やのうて、
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自分が好きや、ちゅうことを相手と一緒に確認する、ちゅうニュアンスを持ってる、とい
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う意見や。あるいは、秘密を打ち明けてんねん、ちゅう意見。3 氏とも共通しとる。
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 よそ者の俺でも、「好っきゃ」と「好っきゃねん」を何度か舌先で転がしてみたらその
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雰囲気がわかりよる。「実は」が先行しとったら、「〜ねん」が後についた方が据わりが
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えぇ。それに「好っきゃねん」は独り言では使いにくいような気ぃもする。
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 泉山氏は、京都の人が「『好っきゃねん』には、好きで好きでたまらないという思いが
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ある」と言ぅたことを根拠にしてんねんけど、「たまらない」を強調と解釈したのかもし
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れん。「たまらない」はどっちか言うたら「どれくらい好きなのか」を描写する表現やな
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いやろか。
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 あるいは「〜ねん」のニュアンスは京都と大阪で違うのかしれん。


 確かに、“motherfucker”を「バカ野郎」としたんでは強烈さが伝われへん。「アホン
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ダラ」が近いのかしれん。そやけど、その感覚を共有できるんは、大阪弁話者だけや。
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前に、“DA-YO-NE”のスラングは方言じゃ、ちゅう話をしたことがあるけど、それと似
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たような話。
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 エッセイとしては面白いと思うねんけど、大阪弁の「エキゾチシズム」に寄りかかりす
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ぎやないやろか。


 『言語』誌で、水落潔氏が「東京の美意識と大阪の美意識」の中で書いたんねんけど、
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東京の痴漢防止ポスターが「チカンは犯罪行為です」、大阪では「チカンはアカン」だそ
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うや。
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 大阪以外の人には不謹慎に思えるかもしれんけど、これが大阪弁の持つ特徴やと思
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う。単に、「アカン」という語彙が東京弁にない、ちゅうのとは違う。あっても使えへんやろ。
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 この辺が、大阪弁でラップを表現してみたいと思わせる魅力なんやろね。


 また座談会に戻るけど、大阪弁は老成したことばや、という意見で一致しとる。
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 都市で使われることばやねんけど、京都弁や東京弁とは違て、確固とした階級制度が成
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立せーへんかった社会のことばやよって、異質なものと対等の関係を構築するのに使われ
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てきた。これを「錬磨」「老成」と表現したる、
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 その結果、「青春を表現しにくい」ねんて。自己中心的な考え方とは相いれんものがあ
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るらしいで。この辺は、部外者には実感しにくいわな。


 まとめの段になって、これからの大阪弁を考えるにあたって、大阪の人は、なまじ通じ
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るよって大阪と他の地域という考え方に乏しぃて、ノスタルジーだけで語ってしまいがち
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やと指摘したる。
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 同じことが他の地域についても言える。
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 勿論、秋田弁は秋田以外の地域では通じね。んだども、方言は撲滅さいねばねもので、
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客観的に秋田弁ど他方言の違いを検討する機会を与えらいねがった
。その結果、やは
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りノスタルジーでしか語れんちゅうわけや。
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 改めて精査する時期に来とる、という意見には共感を覚えるな。


 長々と余所の方言について語ってしもた。気ぃ悪ぅしたら、堪忍したってや。


 それから、間違ぅとったらなんなと訂正したってんか。



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第170夜「方言コンプレックスの生成 (2)」

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