捜 索 雑 詠 樋口 清作
虎杖の繋げり荒々し棒沢の左岸はいりし人跡もなき 小さなる沢の流れよ砂の上に鋲靴の跡一つありけり 生い繁げる草をかきわけ入りゆきていくばくもなく道を失しぬ 大正の日附いりたる鉈目など廃道入りて行けばありたり 熊が出でて荒らしたらむが橡の木のめぐりに羊歯がいたく乱れぬ 板屋根を打つ雨の音あらわにてうす暗らき部屋におれば聞ゆる きりたてる向いの岩よりひきし水は酸を含みてうまくもあらず 不気味にし石の流るゝ音ぞするたえまなければ馴れてねむるも 見つついて刻々水位の増すごとき不安をいだく朝のひととき |
大木の流れて来るにも馴れながら濁流見て居り二階の窓より 濁流に浸りつゝ薪を取込んでいる山口夫妻が窓より見ゆる 濁流に三尺へだてゝ残りたる山かげの湯に一日浸りぬ 虎杖の葉をば焙ぷりて葉巻煙草作りて吸ふもあわれなるペし 山道に明りを消して休むときあかつき至るまえの静けさ 岩壁の下のク砂礫の平らにし草かけられてありぬなきがら 無造作に覆いし草をとりのぞくひとの気配に堪えつついたり 死にせれば空しかりけり倒ふれいる遺体人形の如く見えいて 背負われてゆくなきがらに従がいて山道二里を下り来にけり |