共 に 歩 い て 長島 和男
吉田さんが亡くなって、はや1年。
今静かに吉田さんを偲び、共に過ごした山行の中から、丹沢の思い出を少し綴って見よう。
昨年の正月のことであった。
合宿が北岳にきまり、準備も着々と進むと彼女もじっとしていられなかったらしい。
合宿について行けない自分を考えしきりと『つまらないわ』の連発であった。
そしてついに暮のある日『何処かへ行こうよ』という電話が掛って来た。私も別に計画はなく、正月を何となく過しそうなので、よし丹沢へでも行って見ようかという気になった。
『丹沢へ行くから来るのだったらどう、雪が踏めるかも知れないからアイゼソを持って来た方がいゝよ』というと、
電話の向うでにっこりする顔がわかるようだった。
年が新まり、元日の夜逃出すようにして丹沢へ向う。山に憑かれると正月など家で過すのが苦痛なものらしい。
本年第1回の山行として丹沢主脈縦走を計画する。明日の天気を祈りつ大倉尾根を登る。
尊仏小屋へ着いておどろいた。満員の盛況である。『フトンはないよ』と小屋番にいわれ、シマッタやっばりシュラ
フを持って来るべきだったと思うがあとの祭り。仕方ない土間で寝ることにする。
オカンよりましだが、正月早々から彼女には罪な事をさせてしまったとちょっぴり後悔する。
寒さと風の音になやまされ睡れぬまゝに夜が明ける。風は夜半からみぞれを交へ、明方には吹雪に変つた。吹雪の音を開きながら、彼女御自慢の料理と温かい雑煮で山上の新春を祝う。
風は益々強く荒れ狂っている。小屋の戸がやぷれそうだ。準備をして少し様子を見る。風向きが少し変ったので、コースを変更し丹沢山から三峰を下ることにする。完全武装で外へ飛び出す。
二人とも日出帽をすっぽりかぷりヤッケを着て、やっこ凧のようにあおられながら歩く姿は、道化役者のようだ。
今思い出すと吹き出したくなる。丹沢山での積雪は14,5糎。龍ヶ馬場は白一色素晴しいスロープをつくっていた。
そこから先は全くの新雪だ。処女雪?を踏んでブナの林を下る。幾つかのピークを越し腹を捲く。吹雪の中では満足に休息もとれない。歩きながら冷たいミカンをかじる。大分疲労が出たようで雪に時々足をとられ笑いころげる。
風はブナの林をすさまじくゆるがせるがもう問題ではない。まゝよ吹くなら吹けと歓声をあげたくなる。ころびつまろ
びつ彼女も黙々とついて来る。疲れたかなと思い振向くとにっこりと笑って、ヤッケのポケットから『イカのくんせい』
を出すのにはいさゝかおどろいた。吹雪を楽しんでいる様だ。大した女性である。
宮ヶ瀬へ下りバスを待つ間茶屋にとび込み熱い茶をすゝる。ストープの暖かさにポーと顔がほてり苦しかったが、又それだけに喜びも大きく心よい疲労と満足感にひたっていた。
あれからもう一年半余、また冬はおとずれ去っていった。
だがもう友はいない。
吹雪の中のあの笑顔も再び見ることは出来ないが、想い出はいつまでも消えないであろう。
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