遭 難 の 経 過
8月17日は予定通り頂上小舎に宿泊した。8月の盛期で同宿者は約40名以上居たが、小舎番の印象に特に残る程、山慣れた装備と知識を持っていた。
8月18日8時出発、同宿者の内で最後に出発している。頂上で小舎番の写真を写して昌次新道を下った。当日は終日非常に好い天気であった。
新道を下る途中で貝掛林道の分岐指導標を見つけてそれに入った。
指導標には、はっきりと『右は桂沢を経て、さごい川を渡り赤湯温泉へ三粁、左は棒沢を渡って貝掛温泉へ10粁』と書いてある。この指導標へ『此処より貝掛へ向う、8/18 10時 単独行者』と貼紙をして入っている。
貝掛林道は数年前から手入せず廃道となっているが、途中の棒沢迄は幽かな藪こぎに近い踏跡がある。
本人は、頂上で、ある人から『赤湯から下にはダムの飯場があり、女の人一人で歩くのは注意した方がよいですよ』と云われて考え込んでしまった。当日は好天であり、時間も10時、予定時間よりいづれも早く歩いている。
当日の本人の宿泊予定地は貝掛温泉であった。以上の事が、このコースを執らせた事と思われる。
此の林道は棒沢から先は全然猛烈な藪で、通過不能で道痕を探す事も難しい。棒沢までに2ッの涸沢を渡る。
2ッ目の沢から先の道は発見が非常に困難であり、この涸沢を棒沢へ下った形跡がある。
棒沢へ出てから、勿論先の道は判らず、棒沢を下降した。棒沢は上部は緩く楽に歩ける。或いは岩魚釣の踏跡があったと思われる。棒沢は釣師がよく入る。下部は段々悪くなってゆき、特に最後の赤湯林道附近は非常に難しく通過困難である。ゴルジュの連続で高捲きが激しい。此処まで貝掛林道よりルートを探したがら下降するので、相当時間が掛ったものと思われるが、最後の記録は15時で終っている。
鷹の巣峠下降点よりはよくルートを見つけたと思われるが、出合より3ッ目のゴルジュを過ぎてから、木にぶら下って滑滝の中間に下り、左岸に取り付き、2番目のゴルジュを高捲くのが通過可能のルートであるが、右岸通し進み、千丈岩の裏側より、高距約20米位のバンドを廻り込み千丈岩の中段へ出てしまった。
それから先、バンドが約2米位断たれている、千丈岩正面から墜落即死したと推定される。高度約15米、時刻は17時〜19時、帽子、時計等余分な物は全部ザックに納めていた。
現場はハングしていて下降不能だが、若し、トラパース出来たとすれは、あとはカン木を伝って、最後、2米位の
ハングを跳び降りれば広い河原で、次のゴルジュの高捲きは緩いヤプ漕ぎで自然と林道に出てしまう地点で、
出合から直線距離にして約200米位である。
長い棒沢を下降して、最後の瞬間の事故であり、現場迄相当危険な所を通過している。特に千丈岩を廻り込むバンドが2ヶ所断れていて、大の男がやっと跨げる位の巾を渡り、その際、大きくずれた靴痕があつた。
事故のバンドの断れた地点は、岩もモロク、ちよっと首をかしげる位、難しい所である。
尚、本人の履物は最近購入した優秀な登山靴で、打鋲はクリンケルであるが、爪先の2本が抜けていた。抜けてから歩いた形跡はない。然し墜落と直接関係しているかどうかは不明である。
ザックはサブであるが、割合重い。カメラ2台、テルモス、着替、食糧若干、地図、時計、帽子等が入っていた。
懐中電燈は使用されていない。
カメラは墜落の際35耗の前玉が曲つてしまつた。
ザックは下の方が大きく裂けていた。
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