巻    頭    言      多 久  摂

山に入る人は誰しも一度は危い経験を持っている事と思いますが、登山には昔から危険がつきものでした。殊に現在では“登山”と“危険”と云う言葉は同義語のように解されていると云っても過言ではありません。
他のスポーツには登山にみられるような、危険と云う要素はありませんが、登山にはこれが重要な章句をなしているのです。
全てのスポーツにルールがあるように、登山にもルールがあります。登山のルールは、多くのパイオニア達が雄大な自然に対する斗いの中に幾多の困難を切り拓いて得た貴重な体験を基にして築き上げてきたものであり、決して一朝一夕に出来上ったものではありません。それだけに、登山のルールは非常に複雑であり、又非常に厳格であります。そしてルールの違反者には、遭難と云う判定が与えられるのです。
だからと云って、余りにも消極的登山に終始していて良いと云うのではありません。
登山のルールは、既に完成されてしまったものではなく、常に研究し、実践する事によってより完全なものとなるものです。私達はこの態度を忘れず、常に積極的な登攀を行う事に、スポーツとしての登山の意義があると考えられます。
人間は誰でも、自分の属している集団の中で、一つの役割を果したいと云う意欲を持っています。
まことに残念なことでありましたが、昨年遭難された吉田さんも、私達山岳部の中で、何らかの役割りを果そうと常に努力していました。私達は、この吉田さんの遺志を受けついで行くことこそが、故人への最大の慰めとなるものと信じます。

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