再び事故を起さぬために

 遭難には、勿論本人の不注意や、無暴な行動によって惹起されるのが大多数であるが、中には数々の不運が
重なり合って悲劇となった例も多い。人間には律しきれない何らかの力が働いているとしか考えられないこともある。
この様な場合、私達の勝手な臆測で原因を期う期うするのは、遭難者自身にとつては、実に苛酷なことかも知れない。
しかし、何れのケースにせよ、何らかの誘因と云うものがある筈である。そして、それが根となり、重大なる終結に
導くものと考えるのである。
ここでは、吉田さんの場合を例にとり、その間接的な誘因となったと思われるものを、いくつか取上げ、合わせて今後の反省としたい。

1.単 独 行
 単独行は、登山形式の中で一つのジャンルを占めるもので、愛好する人も多い。この場合には、相談相手に
なってくれる人はいないので、全てを自分一人で処理しなければならない。
従って、或る困難に遭遇した時、適切なる判断を下すには、相当の経験が必要である。登山は経験のスポーツである。
卒直に云って、吉田さんには、単独行の経験が少なかった。

2.フォースト・ピバーク(不時露営)
 吉田さんには、ビバークの経験が無かった。空も薄暗くなりはじめ、早く道に出たいと焦って来た時こそ、無理を
せずにビバークをする決断力が欲しい。これは経験の無い者には仲々ふんぎりのつかないものである。
朝、起きて見たら小屋の傍だったと云うこともある。それでも勝利なのである。何かの機会に、一度でも経験して
置くことも大切である。

3.未知のコース
 山に出掛ける前、私達は、その山の地図や案内書等を調べる。一旦山へ入ったならば計画したコースを忠実に進む。
止むを得ず予定を変更して他のコースをとる場合のためには ニ、三の退却コースを調べて置く必要がある。
全然聞いたこともない道、特に沢の下降は絶対に止めよう。滝の無い沢はあり得ないことを銘記しよう。

4.指導標、地図
 以前、平標山で指導標が逆さになっていた為、遭難した例があった。今回の場合、既に廃道となっていた貝掛林道の指導標を放置してあったことが主要因となっている。
地図でも、測量が昔のことなので、今は廃道になっているものが記載されている例が多い。指導標、地図等を
盲目的に信用するのは、危倹なことである。
以上故人に対して鞭打つ様なことを書いて、まことに申訳ありませんが、少くとも私達は、山のセオリーを一つ一つ忠実に守って行くことが、安全な登山、スポーツとしての登山を守つて行く、たゞ一つの道と確信するものです。

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