吉田さんの印象 船水 圭吾
苗場山へ出掛る吉田さんの所へ行ったのは、夏山のシーズンも終りに近い八月中旬のお昼休みでした。
『やっと休暇が貰えたので明日の晩から苗場山へ行くのよ』『どうですか一緒に行きませんか』と、目を輝かせ『すてきよ、このコース』と苗場から法師のコースを説明してくれました。
その前日、山から帰ったばかりの私は返事を濁してその日は帰りました。
吉田さんとはそれが最後でした。
最後の山行となった1週間前の谷川岳集中では私と加藤さん、吉田さんの三人でパーティを組み西黒沢を登りました。吉田さんは新調したナーゲルも調子よく、非常に張り切っていました。
あの日はのんびりした山行で天気もよく、休む度に大変ご馳走になった事も覚えています。
最後の壁で2番目に登った吉田さんのバランスの良さに、ラストに登った私は大変駕きました。
その吉田さんが遭難されたと云う事は、日頃どんな山行に於ても非常に用心深く計画も慎重な人だっただけに残念で残念でたまらない。
私の頭には吉田さんの死と云うことを、未だに信じる事が出来ないのです。
どこか遠くの山の中であの独得の頓狂な『どっこいしょ、どっこいしょ』という声を出しながら腰に犬の尻敷をつけ、首からカメラを吊している姿にあえるような気がしてならないのです。
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