二 人 き り の 山     健保組合 上野 和子
                                                                                  
 「行きましょうよ。今度の苗場山はすばらしいわよ」さそいの声が今日も耳に残っています。
吉田さんが逝って、はや一年たちました。

度々新しい山行に希望をふくらませる時、「もう吉田さんから誘ってもらえないね」としみじみ云わ
れ、又悲しみを新たにします。そして過ぎし山行を共にした数々の思い出が夢のように甦って来ます。
二人きりの山行『入笠山』、『上高地』、『妙義山』たつた3回の山行ではありますが、それは今私
の胸の中にしか残っていないのです。

誘ってくれる時は、すでに計画はきちんと立てて有りましたし、すべての点に良きリーダーとして
私はいつも行動を共に致しました。
丁度初夏の頃でした。私達はうすぐもりのむし暑い道を入笠山に向って歩きました。
裾野の長い雄大な八ヶ岳を思いきり眺め、遅咲きのすゞらんを摘んで、晴れた空に遠く槍、穂高を
望んだのです。共に喜びあった頂上でのひととき。すべてはもうありません。

荒模様の天侯に後がみを引かれる思いで、山を背にした秋の上高地。
たくみなバランスで岩をよじた妙義山の尾根歩き。弱音をはく私をはげましながら、奇岩怪石を
日頃の腕でカメラに納めては浮べた満足そうな笑い。

しかし、あれもこれも今はなつかしい思い出になってしまいました。
そして行きましょうと誘ってくれる声も聞こえません。



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