旅をする木

  目 次

1. まえおき
2. 目 次
3. 概 要
4. あとがき
5. 内容紹介
6. この本を読んで


星野道夫(ほしのみちお)著
文春文庫

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1.まえおき
 星野道夫さんが亡くなったのは1996年8月ですから、この本の元になった単行本は、星野道夫さんの約1年前に出版された本ことになります。あとがきは1995年7月に書かれています。私が星野道夫さんの著書に出会って、かなり早い時期に読んだ本です。短編を集めたもので、彼が初めてアラスカに渡った頃から、亡くなる直前までに書かれたものです。彼を理解するのに適した一冊だと思います。

2. 目次
 T
新しい旅……………………………………………………12
赤い絶壁の入り江…………………………………………18
北国の秋 ………………………………………………… 24
春の知らせ…………………………………………………29
オオカミ …………………………………………………… 35
ガラパゴスから …………………………………………… 40
オールドクロウ …………………………………………… 46
ザルツブルクから ………………………………………… 53
アーミッシュの人びと……………………………………… 58

 U
坂本直行さんのこと…………………………………………66
歳月…………………………………………………………76
海流…………………………………………………………80

 V
白夜…………………………………………………………100
早春…………………………………………………………106
ルース氷河…………………………………………………113
もうひとつの時間……………………………………………119
トーテムポールを捜して…………………………………… 124
アラスカとの出合い…………………………………………130
リツヤベイ……………………………………………………136
キスカ……………………………………………………… 106
ブッシュ・パイロットの死…………………………………… 149
旅をする木………………………………………………… 156
十六歳のとき……………………………………………… 156
アラスカに暮らす……………………………………………170
生まれもった川 …………………………………………… 176
カリブーのスープ……………………………………………183
ビーバーの民………………………………………………189
ある家族の旅………………………………………………196
エスキモー・オリンピック……………………………………202
シトカ ……………………………………………………… 208
夜間飛行……………………………………………………214
一万本の煙の谷……………………………………………220
ワスレナグサ……………………………………………… 226
 あとがき ………………………………………………… 232
 いささか私的すぎる解説 池澤夏樹…………………… 235

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3. 概 要 
 広大な大地と海に囲まれ、正確に季節がめぐるアラスカ。1978年に初めて降り立った時から、その美しくも厳しい自然と動物たちの生き様を写真に撮る日々。その中で出会ったアラスカ先住民族の人々や開拓時代にやってきた白人たちの生と死が隣り合わせの生活を、静かでかつ味わい深い言葉で綴る33篇を収録。  解説・池澤夏樹

4. あとがき
 アラスカの川を旅していると、この土地のひとつの象徴的な風景に出合います。それは、川沿いの土手から水平に横たわりながら生えているトウヒの木々のたたずまいです。川が、長い歳月の中で少しずつ大地を浸食しながらその流れを変えてゆく中で、森の木々が次々にその土手に立つ時代がやって来て、やがてゆっくりと倒されてゆく風景なのです。ことに流れが大きく蛇行する川岸は深く削られ、たくさんの木々が傾き、その多くはすでに水の中に浸っています。そして今まさに流されてゆこうとする木々もあちこちに見かけます。荒々しく、誰も止めることが出来ない、その混沌とした風景が私はとても好きです。それはあらゆるものが同じ場所にとどまることがなく動き続けているという摂理を静かに語りかけてくるからなのかもしれません。
 ずっと昔、初めて行った北極海の海岸で、大きな流木の上に止まる一羽のツグミを写真に撮ろうとした日のことを覚えています。木が生えない北極圏のツンドラで、なぜ流木が海岸に打ち上げられているのだろうと不思議に思いました。それは川に流され、長い旅をへて海に出て、やがて海流に運ばれながらある日遥かな北の海岸にたどり着いた一本のトウヒの木だったのです。枝が落ち、すっかり皮も剥げ、天空に向かって突きさすように伸びるあのトウヒの姿はありません。けれども、その流木は風景の中でひとつのランドマークとなり、一羽のツグミが羽を休める場所だけでなく、ホッキョクギツネがテリトリーの匂いを残すひとつのポイントになっていたのかもしれません。また流木はゆっくりと腐敗しながらまわりの土壌に栄養を与え、いつの日かそこに花を咲かせるのかもしれません。そう考えると、その流木の生と死の境というものがぼんやりしてきて、あらゆるものが終わりのない旅を続けているような気がしてくるのです。
 自分自身を振り返ってみると、この土地にやって来ていつのまにか17年の歳月が過ぎてしまいました。根なし草のように旅をしていた時代が終わり、家を建て、ごの土地に暮らし始めてみると、アラスカの風景も何か変わって見えてきました。そしてたった一人の時代から、結婚をして、子供が生まれると、この土地は再び自分に違う風景を見せ始めています。この本の内容はその数年間のことを書いたものです。きっとあの一本のトウヒの木のように、誰もがそれぞれの一生の中で旅をしているのでしょう。そしてもっと大きな時の流れの中で人間もまた旅をしているのだと思います。
 この本の全体の構成をしていただき、いつも私を励まして下さった文藝春秋の湯川豊氏にまずお礼を申しあげます。また2年間の連載をこの本の一部として掲載することをご快諾くださった福音館「母の友」の編集部のみなさま、本当にありがとうございました。
 こちらはヤナギランの花が咲き始めました。この花が満開になるとアラスカの夏も終わりに近づいています。あと1ヵ月もすればオーロラが夜空を舞うことでしょう。極北の美しい秋がまた巡ってきます。
        1995年7月                                 星野道夫

5. 内容紹介
 この本はT(第1部)、U(第2部)、V(第3部)に分かれています。
 第1部は手紙の形式で著者が暮らしているアラスカなどの出来事を友人に知らせる形を取っています。
 第2部は三つの章しかありませんが、人との触れ合いを書いています。
 第3部は今まで書かなかったような生活の断片を書いています。

 第1部では「赤い絶壁の入り江」が好きです。ザトウクジラを追う旅である日「赤い絶壁の入り江」に行こうと思い立ちます。そこは、人に教えたくないほど美しい秘密の場所です。氷河を抱いた山々が連なるパラノフ島の東側にあり、名前の通り入り口の絶壁が赤みを帯び、夕暮れの光があたると不思議な風景に変わって行きます。この海を永年航海してきた漁師たちと話をしても、その入り江を知っている人に会ったことがありません。
 第2部では何といっても最初の「坂本直行さんのこと」が良いと思います。それは著者が持っている北方志向が色濃く出ているからです。
 「札幌で初めての写真展を開くことになったぼくは、地元の新聞に「写真展に寄せて」という一文を書くことになった。十代の頃から北海道に憧れていたので、さて何を書こうかと思いをめぐらせていると、坂本直行さんのことがふと頭に浮かんだ。北方の自然への想いは、直行さんの絵や文章を通して、いっそう培われたような気がするのである。
 明治39年釧路に生まれ、北大農学部を卒業後、十勝の原野で開拓生活に入った直行さんは、それから30数年にも及ぶ不毛の大地との闘いに敗れ、鍬(くわ)を絵筆に持ちかえて山岳画家になった。四季折々の原野の風景や、日高の山なみを描き続けたのである。その太い生き方に強く魅かれもしたが、何よりも大地とがっぷり四つに組んだ、生活を感じさせるその絵が好きだった。
『開墾の記』、『原野から見た山』、『雪原の足あと』……それらの著書は、アラスカのぼくの家の本棚に今も並んでいる。直行さんの世界は、北海道の自然への憧憬と重なり、どこかでアラスカへとつながっていったような気もするのである。」
 秋のマッキンレー国立公園で著者は朝比奈先生ご夫妻にお目に掛かります。
「朝比奈先生は、すでに北海道大学を退官されているが、寒い世界の昆虫を研究されてきた生物学者であり、また、北大山岳部創設期のリーダーでもあった。私たちが出会ったのは、三年前の札幌の雪祭りの時で、その仲介者は、生前会ったこともない山岳画家・坂本直行氏である。」
 しかも朝比奈先生の奥さんは坂本直行さんの妹なのです。著者が坂本直行さんに北方志向をかき立てられ、北海道で坂本直行さんが経験したことを、アラスカで追体験しているような気がします。
 第3部は、どの章も良いのですが、一つ選ぶとすればやはり本の表題となった「旅をする木」でしょうか。そこには著者が読んだ「旅をする木」の話があり、早春のある日、1羽のイスカがトウヒの木に止まり、この鳥がついばみながら落としてしまうある幸運なトウヒの種子の物語です。その種子が一本の木となり、旅をしてゆきます。著者はこの話全体に流れている極北の匂いに、アラスカの自然への憧れをかきたてられます。

6. この本を読んで
 編集の都合上、池澤夏樹さんの「いささか私的すぎる解説」は「星野道夫 森と氷河と鯨ほか」に載せましたが、池澤夏樹さんの著者への愛情を感じさせます。この本を読むと、著者のアラスカに対する憧憬がどのように育まれていったかが理解できるような気がします。
 ただ、上に載せた著者の「あとがき」にもあるように、アラスカに住む家を造り、結婚して子供も生まれ、これからは旅人としてではなく、腰を落ち着けて写真を撮り、著作にはげもうとしていた矢先に不慮の死を遂げたわけですから、さぞかし残念だったであろうと同情を禁じることができません。

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[Last updated 12/31/2007]