筆舌を尽くす



 うわさには聞いていたけど、なかなか読めないでいたナンシー関を読んだ。総じて雑文の集合なんだけど、彼女には「消しゴム版画」という必殺技がある。そしてときどきひかる筆舌。たとえば、
前々からこの水野真紀という女優さんには「演じる」とか「芝居」というものをナメたところがあるとは思っていたが、「土ワイ」という水を得て全開である。もう「うまい・へた」の問題ですらないな。人間を何と捉えているかという哲学の問題かもしれない。(中略)
水野真紀はいったい何回「プゥ」っと膨れただろうか。本当に数分に一回という度合いで「プゥ」、驚いては「プゥ」、ほっとしては「プゥ」。(中略)
水野真紀は感情の揺れを全て「プゥ」で表現しているわけだ。人間が人間たる証である感情を「プゥ」ひとつで済ます。とてつもない哲学が存在するのかもしれない。
 「土ワイ、それは水野真紀の放牧場」より
 ドラマよりもバラエティのほうに関心があるようで、話についていけないところがある。それにしてもテレビをよく見てるなあ、いくら仕事とはいえ。ではじめのハードディスク・レコーダーをいち早く導入したというナンシー関は、もうこの世の人ではない。

 そんな彼女の絶筆を引用しているのが、香山リカである。
と、こんな枝葉末節なところをつつきながら、なんとかこのワールドカップを乗り切ろうとしているわけである。何かね、もう積極的に「嫌だ」とか「うるさい」とか絡んでいく気がしないのである。もはやちょっと引き気味。気味悪いです。
 「怖いっす。気味悪いっす。W杯一色ニッポン」より
 急性心不全は、W杯が原因だったのだろうか。ベッケンバウアー、ロッシ、プラティニ、ソクラテスのころワールドカップの魅力にとりつかれた私でさえ、彼女の気持ちが少しはわかる。ナショナリズムとは、知らず知らずにこころを支配していくものだから。

 私は「赤い悪魔」のほうがよっぽど怖かったけどね。スケーティングしちゃうし、街には反米感情が渦巻いてしまうし。

 香山は『ぷちナショナリズム』の中で、内親王誕生、スポーツイベントでの君が代、日本語ブーム、フランスの極右、石原慎太郎、YOSAKOIソーラン祭りなどを取り上げている。『声に出して読みたい日本語』に対して危惧を抱いているあたり、なかなかまともな感性をしている。
  • 天地無用 ナンシー関 文芸春秋 2002 NDC914.6 \1238+tax
     「週刊文春」連載の「テレビ消灯時間」とナンシー関、山藤章二、南伸坊の対談を合体させた本。

  • ぷちナショナリズム 若者たちのニッポン主義 香山リカ 中央公論新社 2002 中公新書ラクレ62 NDC311 \680+tax
     分量が少ないので、割高感あり。

(2003-01-16)
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