凡才の数学



NHK教育で放送された「天才の栄光と挫折」を見て、藤原正彦のファンになった。能面のように無表情な顔から繰り出す、皮肉のきいたしゃべりに魅了されたのだ。ああ、へそ曲がりがテレビに出てる。

魅了されたのは私だけではなかった。小川洋子は作家としてのインスピレーションを刺激され、小説の取材のために藤原さんの研究室を訪ねる。その結果できあがったのが『博士の愛した数式』だ。そして副産物として『世にも美しい数学入門』が生まれた。

数学よもやま話なので、系統だった説明はないが、「円と無関係に登場するπの不思議」などは、あらためて指摘されると不思議感が漂う話題だ。級数の和の公式に、なぜかπが出てくる。きわめつけがオイラーの公式だ。

映画版の「博士の愛した数式」でも、そのオイラーの公式がキーになっていた。ゆったりしたリズムの映画なのだが、退屈することなく最後まで見た。あまりにもできが良かったので、原作を読もうという気が起こらない。

ストーリーや演技ばかりでなく、家政婦が働くキッチンとか、通勤シーンで写る樹木とか、ディテールばかり見ていた。レンジのフードが見当たらないけど、あの木はなんという名前なんだろう。庭の手入れが行き届いているなあ、とか。
πとiなんて何の関係もない、円周率と虚数でしょう。ところが、e(自然対数の底)というお仲人のもとに結婚させると、−1という子どもが生まれちゃう。こんなことはありえない話でしょう。全部関係ないもの同士です。(p161)
この説明が感慨深いのは、小さいころから円周率πに対する違和感をもちつづけていたからだ。なんで3.14なんて半端な数なんだ。3だったら計算も楽なのに。ごはんを噛んでみたら、小石が混ざっていたみたいな違和感。そのまま飲み込まずに何年も過ごし、あるときオイラーの公式に出会う。

もし円周率を3で計算していたら…。 (2007-01-19)