目には目を



 むかし見たテレビ映画「カインとアベル」では、ヨーロッパを脱出した主人公が、イスラム圏のバザールで盗みをはたらく。あっけなくつかまり手を切り落とされそうになる。そんなシーンがあった。

 「目には目を、歯には歯を」というのをよく聞く。そういうフレーズを自分の目で見たことはないが。しかし、その意図するところは、無制限の報復を禁じることにある。もし復讐するのにルールがなければ、片目をつぶされたのに、相手の命まで奪ってしまう可能性がある。それを禁じたわけだ。目には目までの処罰が許されると。

 クリスチャンである中村哲は、部族社会に生きてきたスタッフたちに、報復を禁じた。「郷に入りては郷に従え」には従わなかった。命が危ないというぎりぎりの状況で、ずいぶんと思い切った決断をしたものだ。

 辺見庸は『単独発言』のなかで、死刑廃止を訴えている。でも私には、情緒で語っているように思える。死刑がまずいのは、冤罪であったときに取り返しがつかないからだ。そこに倫理を持ち出すとめんどうになる。もし自分が被害者の家族であるなら、無期判決なのに、犯人が死ぬ前に刑務所を出てくることは許しがたい。死刑廃止と同時に、この問題をなんとかしてほしい。

 呉智英は『ホントの話』のなかで、死刑廃止を訴えている。その理由は、敵討ちが国家成立以前からある基本的人権であるから。死刑は、人間の復讐権を奪う非人間的な制度だそうな。

 文明国では、こういうデリケートな問題が話題になる。なかなか答えの出ない問題である。しかし海の向こうでは、バイブルに宣誓して大統領となった人が、反対の頬を差し出さずに、むちゃくちゃな報復をしてしまった。「目には目を、歯には歯を」さえも無視して。いちはやく文明国の仲間入りをしてもらいたいものだ。
  • 単独発言 99年の反動からアフガン報復戦争まで 辺見庸 角川書店 2001 NDC304 \1100+tax
     メディア規制の論考はよくまとまっている。

  • ホントの話 誰も語らなかった現代社会学全十八講 呉智英 小学館 2001 NDC304 \1200+tax
     人権と民主主義、支那という名称について詳しい。
(2002-12-13)