あなたの推論が正しい確率は



確率・統計の本はつまらなくて、いつも途中で投げ出してしまう。やっと読める本を見つけた。『確率的発想法』は2部構成になっていて、第1部で基本的なことを学び、第2部で確率の社会への適用を試みる。どちらも意表をつかれた。

第1部では、フィッシャーとベイズが考え出した理論を解説してくれる。教科書ではないので、算数ができれば理解できるレベルだ。メンデルが修道士で、ベイズが牧師なんて話に興味をそそられつつ読むと、フィッシャーの考え方の背後には、最尤思想があるという記述にぶつかる。

「現実に起きているできごとは、もっとも起きやすいできごとであると考えるのが妥当」という発想だ。この考え方にもとづいて統計的推定が行われる。

ちかごろは金融危機だとかで、リスクという文字をよく目にする。ところがリスクという用語の意味が、私たちが使っている意味とまったく異なるのでびっくりした。おまけに金融の分野では、正規分布を前提に話が進む。素人が考えたって、そんなわけないだろう。

巨額な資金が頻繁にやり取りされる市場で、長期間にわたってトレードを繰り返せば、めったに起こらないできごとが、いつかは起こるに決まってる。そう考えるのが自然だと思うのだが。専門家は違うらしい。アメリカでは、ノーベル経済学賞をとった人たちの投資会社がつぶれてしまった。どんなにすごい数学を使ったのかは知らないが、フィッシャー理論の誤用ではないのか。

もうひとつのベイズ推定の方が日常生活の感覚に近い。ガン検診の例が出てくるのだが、有効性が95%の検査で陽性と判定されても、ガンである確率は9%程度でしかない。あとは解釈の問題で、9%ならたいして心配はいらないと思うか、自然罹患率の18倍もあるのだから危惧すべきかは、情報を受け取った人しだい。不確実性なんてものは、しょせん主観的なものだと割り切ってしまえば、ベイズ推定ほどいいものはないかも。

第2部になると、ベンサムやらロールズといった肩の凝りそうな名前が出てくる。小島は、ロールズの考えが正しいことを、数理的に説明しようとする。初学者向けの本で、ずいぶんと大胆なチャレンジだ。

いちばん興味をもてたのが、ベイズ推定の応用編である。事例ベース意思決定理論と帰納的ゲーム理論はどちらも帰納的推論で、部分的結果から全体に対して判断を下す。したがって過誤が生じることは避けられない。臨床哲学や古田先生の指導法もこの路線だ。

いろんな話が盛り込まれているので、確率にまつわる多様な世界を知るには最適な本だ。マネーにかぎっても、財政、個人消費、ギャンブルなどいろんな分野がある。もっとテーマを絞った方が確率的な考え方を理解しやすいと思う。続編として、金融にベイズ理論を応用した本を書いてほしい。お金の量と幸せとの関係について、確率の観点からアプローチしてもらえれば、おもしろい本になるだろう。

NHKブックスは突然変異のようにいい本を出すことがある。これはその1冊。そして数学から経済に転進した著者の主著ともいえる1冊だ。
  • 確率的発想法 数学を日常に活かす 小島寛之 日本放送出版協会 2004 NHKブックス

(2009-08-03)