ふつうでありたい



 入澤美時という編集者が10人にインタビューしてまとめたのが『考える人びと』である。そこで語られるのは、「普通の人びと」についてである。そこには、ふつう願望の私も混ぜてもらえるだろうか。

 でも語っている人が普通だというわけではない。網野善彦、安藤邦弘、伊沢紘生、大西広、加藤典洋、根深誠、森繁哉、森山大道、芳村俊一、吉本隆明。

 インタビューというよりも対談といったほうが適切で、この本は入澤の発言集でもある。中にはどうしても興味がもてない話題もあるが、伊沢のサル学の話はおもしろかった。卒論を書きたいといって今西錦司をたずねていったら、「俺は直接指導するつもりはない」とふんぞり返っていわれてしまったそうだ。
今西先生って勘のすごく鋭い人。直観力だとか洞察力だとか類推力に長けた人だといわれていますよね。僕はその通りだと思います。知覚も研ぎ澄まされていた人。でもそういった能力、それは戦後の学校教育が全部切り捨ててきてしまった。僕はいま、教員を養成する大学にいます。だからよけいにそう思うんですが、それらの能力は、人間が人間たるのに必要な非常にベーシックな、絶対に必要な能力だと思っているんです。
 「すべてのものには、それぞれ固有の価値があり、そこに甲乙はない」といわれて反論する人は少ないだろう。でも伊沢はそれをサルに教えてもらった。ふつうの人が平等の思想をつぶやくのと、伊沢の発言とでは、文字にすると同じだけど重みが違う。

 けっきょく人間の社会はサル以下なんだな、と思いたくなる。人間固有の価値ってあるのだろうか。どっちにしても原始人養成講座が必要のようだ。
  • 考える人びと 入澤美時(よしとき) 双葉社 2001 NDC914.6 \2500+tax
     「小説推理」に連載(1999/9-2001/4)
(2002-07-05)