三鷹駅を降りアトリエへ向かう。

 

霧子「閑静な住宅街ですね」

僕「売るだけなら駅前でいいけど、描く部屋も貸してるから」

霧子「家賃とか、結構するんですよね?」

僕「でもまあ、みんなで出しあって・・あ、アトリエは僕の持ち物じゃないよ、友達の画商名義」

霧子「じゃあ、画家さんみなさんで共有してらっしゃるんですね」

 

腐っても東京、しかも区に近いからな。

 

霧子「まあ立派な・・・こちらですか?」

僕「違う違う、それはジブリ美術館!そこは予約でないと入れないよ」

霧子「そうですか・・・平日なのにお昼から並んで、やっぱり東京は凄いですわ」

 

確かに予約制でしかもその予約客が並んでるって凄いよな、

というのは置いといて、こうして手を繋いで歩いてるだけで、ほんっと幸せだ。

相手が霧子さんだから・・・もしこれが首輪つけられててリードで引きずられても、幸せに感じたかも。

 

僕「もうちょっと歩きます」

霧子「あ、花を買って行きましょう」

僕「そこまでしなくても・・・まあ、霧子さんがそうしたいなら」

 

びっくりするだろうなー、

それよりも置かせてもらってる絵はどうなってるんだろう?

頼まれ物でない限り、なかなか売れないからなぁ、展示スペースも限られてるから・・・

 

霧子「はい、これくらいで良いかと」

僕「うん、多いくらいだよ、友達も喜ぶ」

霧子「お菓子か何かは駅で買ってらしたわね?」

 

と、のんびり歩いているうちにアトリエへ到着した。

 

霧子「まあ、ご立派な家」

僕「霧子さんのペンション程じゃないけどね」

霧子「2階建てですわね・・・」

僕「地下もあって倉庫になってるんだ、1階が絵の展示、2階が絵を描く貸し部屋」

霧子「インターフォンも額縁に入ってて、素敵ですわ」

 

ポチッとな

 

♪リンゴ〜ン

 

僕「うい〜っす」

声「おお来たか!上がってくれ、凄いことが起きたぞ!」

僕「え?なんだなんだ?どうした?じゃあ入るぞ」

 

玄関に入ると友人が満面の笑みで迎えてくれた。

 

画商「聞いてくれよ、すげえんだよ、昼前に綺麗な女の人が3人ばかり来てよぉ・・・あ」

霧子「はじめまして、これ、お花です」

僕「妻の霧子、電話で話した、恋人っていうかもう結婚しちゃった」

画商「どうもはじめまして、俺、高校のときからの同級生で・・・」

霧子「素敵な画廊ですわね、飾ってある絵もどれも素敵ですわ」

 

遅れて僕も北海道土産を渡す。

 

画商「そうそう、今日、お前の絵が売れたんだよ!」

僕「ほ、ほんとか?ほんとにか!?」

画商「おお、3人組の綺麗な背の高いお姉さん達が来てよ、絵を見回してて・・・」

僕「どの絵が売れたんだ!?」

画商「飾ってたのは宮古島の絵だけだったけど、それ見たその人たちが気に入ったらしくって、他の絵も見たいって」

 

確かに絵を外された跡が残ってる。

 

僕「他の絵も見せたんだ、確か預けてあるのって20枚ちょっと・・・」

画商「21枚だ、で、残りのうち風景画をさらに3枚、合計4枚も売れたんだぜ!すげえよ!」

僕「そんなに気に入ってくれたんだ・・・ちょっと待て、その3人組、眼鏡かけてなかったか?」

画商「かけてたけど?なんだ?知り合いか?それともお前にまず問い合わせが来たのか?」

僕「いや、そんな事は・・・う〜ん、そうなると、もしや・・・これはひょっとして・・・」

 

サキュバスさんたちが気を利かせてというか、

僕がインキュバスになったご褒美か何かで買っちゃった?

だとしたら複雑な気分・・・同族だからってそんな、おかしな形で買って欲しくは無いかも。

 

霧子「絵は全て、作者名とかは表示されて無いのですわね?」

画商「ええ、聞かれれば答えますけど、インスピレーションで選んで欲しいから」

僕「そのお姉さんたちは、僕の絵を見て作者名の確認は?」

画商「しなかったな、特にサインを探す感じも無かったし、ほんと、純粋に気に入った風だったぞ」

僕「そっか、それならまあ、いいんだけど・・・気にしてもしょうがないか」

 

どういう理由で買われようが、どこに飾られようが、

あくまで買った側の自由で僕が関知する所じゃない、

さすがに裏手に捨てられてたりしたらショックだけど・・・

 

画商「で、現金で置いて行ったぜ、金庫に入れてあるから来てくれ」

僕「おう・・・霧子さんはちょっと待っててくださいね」

霧子「はい、絵を見させていただいてますから・・・」

 

友人と一緒に事務室の方へ・・・

 

画商「おいおい、すっげー美人じゃねえか!どうしたんだよ一体!」

僕「まあ、な、言っただろ?北海道で絵を描くって、そこのペンションの人なんだ」

画商「良い姉さん女房を見つけやがって!披露宴やるなら呼んでくれよ!」

 

ははは・・・姉さん女房か、100歳くらい年上のような気がするけど。

 

画商「・・・開けて数えるから待ってくれよ・・・」

僕「ああ・・・このいっぱい縛ってある絵は?」

画商「それか?古いやつだよ、何十年前だかわかんないくらい・・・まだ整理ついてないやつだ、見ていいぜ」

 

うわ、カビくさい・・・

どこから引っ張り出してきたんだろう?

でも、こういう中にとんでもないお宝がある可能性も・・・

 

僕「・・・・・あ!」

画商「どうした?ダリの未発表作でもあったか?」

僕「いや、この夫人像・・・・・霧子さんにそっくり」

 

古めかしい洋服を着て座る美女、

これまたいかにも古い感じの眼鏡・・・

長い髪、大きな胸、そしてこの顔は、霧子さんにうり二つだ!

 

画商「うわ!ほんとだ、気持ち悪いくらい似てるな」

僕「これ作者は?・・・感じからしてかなり手馴れた画家みたいだけど」

画商「・・・無いな、年号と題名だけある、1922年、我が愛しの一江像、だってよ」

 

一江・・・ひとえ、かずえ、いちえ、どれだろう?

まさか、霧子さんが昔吸い尽くした夫も画家で、この絵を残したんじゃないか!?

だとしたら、物凄い廻り合わせだ・・・寒気がしてきた、恐ろしい・・・まさしく運命的なものを感じる。

 

画商「ま、まあ、世の中には3人、そっくりな人がいるって言うしな」

僕「この絵・・・いや、いいや、買おうかと思ったが、やめた方がいいな」

画商「売れた絵から税金と仲介手数料とアトリエ維持費プール金を引いた155万円だ、って持ち運ぶの物騒か?」

僕「いやいいよ、このまま貰っておく、ありがと、そっか・・・売れたなら他の絵ももうちょっと置いておいた方がいいのかな」

画商「もちろん!空いた場所にまた飾らせてもらうよ、今度は岡山の小川を描いたやつにしようかと・・・」

 

・・・・・うん、霧子さんの過去には触れない方がいい、

あの絵で、当時の画家の僕へのメッセージは十分に伝わった、

その想いを胸に刻んで、今の時代の夫として、『霧子さん』を愛するんだ。

 

 

 

霧子「おかえりなさいませ」

僕「ただいま、じゃあ裏のマンションにある僕の部屋から荷物をまとめるから」

画商「引き払うのか、なら北海道に住むんだな、完全に」

僕「そのつもりだけど・・・霧子さん、荷物どこに置こうか」

霧子「物置でしたらホテル跡にいっぱい部屋が余ってます、私も倉庫として使っていますわ」

 

そっか、じゃあそこへまとめて送ればいいな。

 

僕「そういう訳で、じゃあもう行くよ」

画商「なんだよゆっくりしてけよ、朝まで飲み明かす・・・のは無理か、もう新婚だもんな」

僕「それもあるし・・・今日中に帰らないと、ちょっとやばい」

 

そう、体がインキュバスの完全体になる時間が来るから・・・

 

霧子「よろしければ是非、私達のペンションにいらしてくださいませ」

画商「時間が開いたら行くよ、その時は飲み明かそうな!」

僕「ああ!じゃあまた連絡するから!本当にありがとな、またな!」

 

アトリエを出る・・・そうそう、あれを渡さなきゃ。

 

僕「霧子さん、絵が売れた分、はい、155万円」

霧子「まあ!お札の束・・・早く仕舞わないといけませんわね」

僕「4枚も売れるなんて、めったに無い事だから、ほんとびっくりだよ」

霧子「・・・でもマージンで45万円も引かれてしまうのですわね」

僕「税金とかもあるし、だいたいこんなもんだよ」

 

・・・あれ?なんで45万円引かれてるってわかるんだ?

そもそも4枚200万円で売った、なんて事すら僕は聞いてないぞ?

ひょっとして裏で手を回したのは霧子さん!?・・・いや、もうこの事を考えるのは無粋だ、やめておこう。

 

僕「さて、ダンボールがいっぱい届いてるはずだけど・・・」

 

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