僕「・・・・・ふう、今日はこれでいいかな」

 

キャンパスに走らせた筆の動きを止める、

昨日と同じ夕日を今日もまぶしく思ったのか、

タンチョウヅルの群れが慌ただしく飛び立っていった。

 

僕「お疲れ様、明日も頼むよ」

 

去り行く影にそうつぶやいて、

パレットを畳み絵の道具一式をしまう・・・

最後に折畳椅子を肩にかけ、雪の上を歩きながら僕は考える。

 

僕「杉田さん一家はもう帰っちゃったのかな・・・」

 

ザッシュ、ザッシュ、ザッシュ・・・

うっすらと残る行きの足跡をなぞって僕は戻る、

ペンション「砂丘斜(さきゅうしゃ)」が見えてくると、丁度迎えの車が来た所だった。

 

香奈々「あー、お兄ちゃん!」

僕「ご苦労様。杉田さんも、お元気で」

父親「はい、それでは失礼いたします」

 

霧子さんは杉田さんの子供たちと別れを名残惜しんでる。

 

息子「帰りたくないー」

霧子「あらあら、いつでも待ってますから、ね?」

娘「うん〜、またくるぅ〜」

母親「ほらほら、運転手さんをあまり待たせちゃ駄目でしょ!」

父親「本当にお世話になりました!良い休日でしたよ!」

 

こうして杉田さん一家は香奈々ちゃんのお母さんの運転するワゴン車に乗り、

駅へと帰っていった・・・残されたのは僕と霧子さん、そしてダンボール3つに入った多目の食料だ。

 

僕「さあ、運びますよ」

霧子「あら、軽いから大丈夫ですわ」

僕「でもさすがに3つは・・・わ!軽々と!

霧子「さあ、これでお客様は金曜日の夜までいらっしゃいませんわ」

僕「そうですね・・・って僕がいますけど」

霧子「あら!・・・まあ、あの、その、新しいお客様は、って意味ですの」

僕「ははは、そういう事にしておきましょう」

 

メイドとしての仕事は完璧なのに、

こういうちょっと抜けた所の魅力がたまらないなぁ。

 

霧子「金曜日まではお客様1人だけのために、精一杯、料理をふるまわせていただきますわ」

僕「よろしくお願いします・・・楽しみだなぁ。あ、ドア開けます」

霧子「まぁ、ご親切に・・・今夜は何か食べたいものでもありますか?」

僕「いえ、食べたいものは特にないですけど・・・その・・・」

霧子「はい?何でもおっしゃってくださいませ」

 

今夜の露天風呂もまた背中を、って言いたくなったけど、やめとこう。

 

僕「いえ、無理に料理を奮発して、霧子さんが赤字とかになったら嫌だなって」

霧子「それは心配いりませんわ、おかげさまで夏場は大繁盛ですし」

僕「はい・・・ではお言葉に甘えます」

 

甘える・・・年甲斐も無く霧子さんに甘えてみたいかも。

 

 

 

 

 

僕「ふぅ〜、さっぱりした」

 

夕食後のお風呂を終え、部屋へ向かう。

結局、露天風呂に霧子さんは来てきれなかった・・・

まあ当然だよな、ああいうサービスはいつもあるとは限らないか。

 

僕「あの最高のお湯と星空だけでも、じゅうぶんサービスだよ」

 

廊下を歩くと1つのドアから明かりが漏れている、

あそこはオーナーの部屋、霧子さんの自室だ、閉め忘れかな?

 

霧子「う・・・うぅ・・・あぁっ・・・うっく・・・」

 

くぐもったうめき声が聞こえる!

いったい何が・・・霧子さんに事故でもあったのだろうか?

心配になって、そーっとドアの隙間を覗いて見ると、中では・・・!

 

霧子「んふっ・・・んぐっ・・・」

 

ハンカチを口に咥えながら、

細いゴムチューブみたいなので左の二の腕をしばって、

右手に取り出したのは・・・注射器だ、中にはすでに白い液体が入ってる、

机の上にある白い粉薬、僕がダンボールを渡された時、中に入ってたやつだろう。

それを同じく机においてある、瓶の透明な液体と混ぜたやつみたいだ、薬用の点滴水か何かだろう。

 

霧子「ん・・・ん・・・んん!!!」

 

手が震えてうまく打てないみたいだ、眼鏡もずれちゃってる。

肘の裏、丁度腕が折れ曲がる、内側の所・・・そこに浮き出た血管へ、

うまく射したいみたいだけど・・・あ、今、つぷっ、と何とか入った!

注射器を押して液体が入っていく・・・入っていく・・・かなりの量だ・・・

ようやく全部入ったところで注射器を抜いて、抑えながら必死に体の震えに耐えている。

 

霧子「んんん・・・ぐふっ・・・んんっ・・・・・」

 

☆謎の薬☆

嗚咽にも似た、喉の奥から出す苦しみの声・・・

助けてあげたいけど、覗いている以上、入りずらい・・・

注射器を捨て、咥えたハンカチを抜くと今度はカプセル薬を大量に口に放り込んだ、

子供がお菓子を欲張って頬張るみたい・・・10個以上は間違いなくある。

それをコップにつがれた水と一緒にゴクゴク・・・よくあんなに1度に・・・

飲み干したコップを机の上に置くと勢いあまって倒れた、でもなお、震えている・・・

 

霧子「まだ・・・まだ足らないわ・・・」

 

そう言ってまたハンカチを咥え、

新しい注射器を取り出す・・・また打つみたいだ、

もう見ていられない、心配だけど、こっそり部屋に戻ろう。

 

霧子「んぐぅっ・・・んんん・・・・・」

 

 

 

 

 

部屋に戻ってぼーっと窓の外を眺める。

 

僕「雪が止んだみたいだな・・・」

 

露天風呂ではまだちらちら降っていて、

泣きうさぎなんかも現れてなかなか風情があったけど、

霧子さんのあんな姿を見てしまった以上、モヤモヤして気分が晴れない。

 

僕「何の病気なんだろう・・・?」

 

重度の糖尿病か、

それとも血液の病気か・・・

そういえば花粉アレルギーが酷い人が、

北海道の山奥に引っ越したら症状がなくなったなんて話、聞いたことある。

どういう病気か知らないけど、あの薬の量は尋常じゃないし、本当に苦しそうだった。

 

僕「病院なんて遠いうえに小さいだろうし、もしいざとなったらどうするんだろう」

 

やっぱり心配だ・・・

何か理由をつけて様子を探ろうかな?

でも今すぐ行くと、まだ苦しんでる最中かもしれないし。

いや、逆に苦しすぎて倒れてたりでもしたら!

心配だ・・・凄く心配・・・霧子さんの事が・・・・・気になる。

 

僕「・・・やっぱり様子を見よう」

 

廊下に再び出る、

霧子さんの部屋へ・・・

あれ?ドアが閉まってる?

という事は、霧子さんが閉めたんだよな?

ひょっとして僕が覗いてたのを気がついてたんだろうか・・・?

 

霧子「どうなさいました?」

僕「わ!う、うしろ!?」

霧子「はい、ちょっと片付ける物がありまして・・・」

 

音も無く、いつのまにか僕の後ろに立っていた。

まるで幽霊みたいに・・・いや、高級メイドさんだから、

足音を立てずに素早く歩く訓練がされてるに違いない、さすがだ。

 

僕「いやその・・・霧子さん・・・」

霧子「はい?」

僕「ちょっと、甘いものが食べたくなりました」

霧子「あら、それでしたら羊羹をお出ししますので、部屋で待っていてくださいね」

僕「わかり・・・・・ました」

 

やっぱり顔色が悪そう・・・

と言いたいけど元々、色白だからなぁ。

顔面蒼白っていっても、最初っから雪のように白い肌な人だし。

 

霧子「あの・・・」

僕「あ、いえいえ!その、できれば熱いお茶も」

霧子「かしこまりましたわ」

 

大丈夫かな・・・物を頼んじゃったけど。

でも、倒れてなくて良かった。言われた通り、部屋で待とう。

 

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