え、えええ、えええええ、えさ、えさささささ、餌って!!

 

僕「それって、どういう事なんですか!?」

霧子「昔々、サキュバスは捕らえた人間の男を、何度も何度も抱いてインキュバスにしてしまうのです」

僕「なったら・・・どうなるんですか!?」

霧子「通常の人間よりも強くなります、そして、サキュバスが吸収するのに適した精を出すようになります」

僕「だから餌なのか・・・インキュバスになると、人間ではなくなってしまうんですか?」

 

冷たい表情でコクリとうなづいた。

 

霧子「普通の人間ならあっという間に吸い尽くしてしまう程の精を、インキュバスにしてしまう事で存分に吸って、エネルギーとなるのです」

僕「なぜ、僕がそんな、インキュバスにさせられそうだったんですか!?」

霧子「人間としては助からない容態でも、インキュバスならば治癒力・生命力がかなり高くなるので、助かる事が多いのです」

僕「でも、助かっても、その・・・・・餌にされちゃうんですよね?」

霧子「そうですね、そうしないと、インキュバスは吸われ続けないと生きていけませんから・・・」

 

そっか・・・ん?ちょっと待てよ?

 

僕「じゃあ、吸われ続ければ生きていけるんですか?」

霧子「そうですね、でも、吸われ続けるということは生命の浪費ですから、人間より寿命は縮まります」

僕「どのくらい!?25歳の男性がインキュバスになったとして」

霧子「毎日きちんと朝、夕、欠かさず吸われて・・・人間として80歳まで生きられる方で、55歳前後までだったかと」

僕「じゃあ単純計算で25年も寿命を吸われるんだ、逆を言えば30年間は生きていける・・・」

 

・・・・・悪い話じゃ、ない・・・よな?

いや、こんな考えは人間として間違っているかも知れない、

でも、霧子さんを助けるためには、この方法が、一番いいかも・・・

 

僕「霧子さん、凄いことを言ってもいいですか?」

霧子「はい?なんでしょ・・・・・ま、まさか!?」

僕「もし、僕がインキュバスになったら、霧子さんは・・・助かるのでしょうか?」

 

唖然とする霧子さん、

しばらく固まったのち、

押し出すように戸惑いの言葉を上げた。

 

霧子「私の、話を、聞いてくださいましたよね?」

僕「はい、もし僕でよければ、インキュバスに・・・」

霧子「命を奪うのですよ!?餌として、人間では無くなってしまうんです!」

僕「でも、すぐ死ぬ訳じゃないし・・・見た目とかって変わらないんですか?」

霧子「ええ、普通の人間とあまり変わりませんが、それでもこれからの人生の、半分近くを失う事になるんです!」

 

随分と必死で止めたがってる、

サキュバスとしてみたら、餌が増えて嬉しくないんだろうか?

 

僕「・・・嫌ですか?僕がインキュバスになるのが」

霧子「嫌といいますか、私のせいで命を差し出されてしまうのが、嫌ですわ」

僕「違います、これは僕の希望です、霧子さんの喜びは、僕の喜びです!」

霧子「れ、冷静になってくださいませ、人間が生きてきてやっと楽しめる、老後というものが無くなってしまうのですよ?」

僕「僕は会社務めじゃないし、やりたい事やって何とか食ってる、その日暮らしみたいな画家です、老後はいりません」

 

本気だと感じてか、霧子さんの表情が険しくなってきた。

 

霧子「サキュバスというのは、恐ろしい種族です、死ぬまで吸い尽くされる恐怖に脅かされるのですよ?」

僕「相手が霧子さんなら、どんな恐怖も耐え切れます!耐えてみせます!」

霧子「私の状況を危惧しての申し出でしたら、私は苦しい思いをしても、そう死ぬことはありません、しかし人間は・・・」

僕「生きていても、あんなに苦しむのなら、それを僕の寿命で取り除いてあげたいんです!」

霧子「そんな!命を粗末にしないでください!何よりご両親が悲しみますよ!?」

 

・・・・・そう言われちゃったか。

 

僕「ごめんなさい、僕、両親、いないんです」

霧子「・・・はい?」

僕「孤児院で育って・・・だから、お金が無いから絵だけでここまで生きてこられました」

霧子「そ、それは、申し訳ございません、失礼なことを・・・」

僕「いえ、いいんです、ですから、僕は絵さえこの世に残せれば、早く死んでも苦にはなりません」

 

一気に霧子さんのテンションが落ちた、逆に悪いこと言っちゃったかな?でも事実なんだからしょうがない。

 

霧子「画家さんというのは、年月の積み重ねで上手くなるものではないのでしょうか?」

僕「そうとも限りませんし、それにいつ引退するかは自由ですから、僕は年老いてまで続けようとは思いません」

霧子「1度インキュバスになってしまうと、もう取り返しはつかないのですよ?」

僕「どっちみち1度、霧子さんに助けてもらった命ですから、そのせいで霧子さんが苦しんでいるのを見過ごせませんし・・・」

霧子「私だって、つい先ほど、命を助けていただきましたわ、ですからもう、お気になさらないで・・・」

 

意を決し、真剣に言う。

 

僕「霧子さん・・・・・好きです」

霧子「そ、そんな、まあ、ど、どうしま、しょ・・・」

僕「霧子さんが苦痛と引き換えにエネルギーを僕にくれるなら、僕は命と引き換えに、霧子さんをその苦痛から、守ります!」

 

生半可じゃ吐けない、覚悟を決めた言葉・・・

これに霧子さんも、ようやくわかってくれたのか、

ため息をひとつついて、目をきりりと引きしませ、口を開いた。

 

霧子「では1度、試させていただきましょう」

僕「何を・・・ですか?僕の気持ちをでしょうか?」

霧子「そうです、1度だけでしたら吸われても、まだ普通の体でいられる訳ですし・・・」

 

こたつからゆっくり出ると、

畳んであった布団を敷きはじめた。

 

僕「まさか・・・今から、ここで!?」

霧子「はい、サキュバスという種族の本質を知っていただくには、一番良いかと」

僕「わか・・・りま・・・した、じゃあ、ここへ寝ればいいんですね?」

 

首を左右に振る霧子さん。

 

霧子「私が寝ます、そして、私は何もしません」

僕「じゃあ、僕が自由にやっても、いいって事ですか?」

霧子「はい、ただし・・・・・できるのなら、ですが」

 

表情が一気に冷たくなる、

いや、冷たいというより、無表情・・・

そのまま布団の上に横たわった、まるで人形のように。

 

霧子「本当に私を愛してらっしゃるなら、抱いてくださいませ」

僕「霧子さんがそれを望むなら・・・好きに抱かせていただきます」

霧子「ただし1つだけ、以前も申しましたが眼鏡だけは外さないでください、絶対に、です」

 

絶対に、という言葉だけ強く感情のこもった声だ。

多分それは、霧子さんが見極めようとする僕への試練とは別の、

本当の意味で洒落にならない状況になるのだろう、最低限の縛りなんだろうから、守ろう。

 

僕「霧子さん・・・」

 

・・・確かにこういう、マグロ状態だと抱きにくい、

でも何だろう?一方的に抱く事への抵抗感というより、

うまく言えない変な気分、見えない壁、近寄れないオーラが漂ってるみたいだ。

 

僕「その、霧子さん、もう、いいん、ですよね?」

霧子「・・・一応、制限時間を定めておきましょう」

僕「何時までですか?」

霧子「そうですね・・・私が飽きるまでです」

僕「それは、わかりやすいんだか、わかりにくいんだか・・・」

 

・・・・・沈黙する空気、重い・・・

雰囲気が変だ、これは別に霧子さんの意図が、

本当に愛しているなら冷たい人形のようになっていても抱けますか?という物では無いように感じる、

もしそういった試し方だったら、僕は喜んで愛を注ぎ込み、ボキャブラリーを駆使してありとあらゆる口説き文句をささやき、

足の先から頭の先まで丁寧に丁寧に、快感を送り込んだだろう・・・でも違う、これは・・・違う!これは前にも感じた・・・やはりそうだ!これは恐怖心!!

 

霧子「・・・・・」

 

天井を見つめ続ける霧子さん。

これはやっかいだ・・・何せ、怖くて近寄れないんだから。

今までは霧子さんの方から強引に襲ってくれたから、怖くてもされるがままで良かった。

でも今は、自分でこの恐怖心と戦い、振り払って、霧子さんを抱かなきゃいけないんだ、

脱がせて汗を拭いた時は何も感じなかったのに、心理面ひとつでこんなに無力になるんだな、人間って。

 

僕「・・・(ごくっ)」

 

凄い試練だ・・・

これで霧子さんが言った、抱けるものなら、って意味がよくわかった。

相手は魔物、人間の男を吸い殺すサキュバスなんだ、きっと本能的に怖さを感じるのだろう、

崖と崖の間にかかる、細長い木の一本橋を渡るような気分・・・サキュバスを抱くっていうのは、

これ程までに恐怖を感じるんだ・・・でも、強盗を犯していた時は、綺麗に感じた・・・あれを思い出して・・・

 

僕「愛して・・・・・ます」

 

じりじりと近寄る、

でも体は震え、足がすくむ、

崖の先まで来て慌てて戻りたいような気分だ。

 

僕「・・(ごくりっ)・・・(ごくっっ)」

 

何度も何度も生唾を飲む、

もういっそ、霧子さんの胸に飛び込んじゃおうかと思う、

いつも癒してもらってるみたいに・・・でも・・・バンジージャンプでもするかのように、踏ん切りがつかない!

 

僕「水を・・・」

 

喉を潤わそうと一旦部屋を出る事も考えたが、

多分、今度はこの部屋にすら入れなくなる、それ程の恐怖心だ!

でもこれに打ち勝たなくては、インキュバスになって毎日、精を与えることなんてできない・・・!

 

チッ、チッ、チッ・・・

 

時計の針の音まで聞こえてきた、

霧子さんの顔をじーっと見る・・・

瞬き以外は本当に動かない、マネキンを演じているようだ。

 

僕「・・・・・いきますっ!」

 

自分に言い聞かせるように手を伸ばす!

震えながら、なんとかメイド服にかかった!

花びらをまくるように、ゆっくりと・・・ううう、ボタンがうまく外れない!

手のぶれを何とか何とか押さえ込みながら、少しずつ、剥いでいく・・・あんまり時間がかかると、

退屈した霧子さんが終了を告げてしまう!終わった後の仕事もあるんだし、霧子さんのために、さっさと・・・!

 

そうだ、これは・・・・・霧子さんのためなんだ!!

 

吹っ切れたのか、てきぱきと外側を脱がす、

上半身はこれでインナーだけになった、下半身は・・・

スカートを脱がすのは、もっと怖い・・・あ、そうか、何も全部脱がす必要は無いんだ、する事さえすれば。

 

僕「・・・・・よし」

 

奈落の底へ飛び込む覚悟で、

霧子さんの体にかぶさった・・・

いつも癒してもらってる時は凄く安らぎを感じるのに、

同じように甘えていても、背筋をぞぞぞぞぞー・・・と悪寒が走る、

すでに全身が鳥肌だらけ、暖かくて快適な部屋なのに、全身の毛が逆立っている感じだ。

 

僕「キス・・・しても、いい・・ですか」

霧子「・・・・・・・・」

僕「しま・・・・す」

 

眼鏡のままの霧子さん、

視線をあえて合わせようとしないでいるのを、

無理にでも見てもらおうと瞳を見つめると・・・・

 

ドクン!!

 

僕「ひいっ!!」

 

目が合った瞬間、

恐ろしい悪魔の瞳に見え、

心臓が一瞬で鷲掴みにされたように凍った!

 

僕「・・・・・きり・・こ・・・さ・・・・・」

 

これは目を瞑ってした方が・・・

いや、そんなやり方じゃ、それより先へは進めない!

霧子さんだって納得しないだろう、口付けは・・・目と目の合図があって、やるものだ!

 

僕「あい・・してま・・・・す」

 

はわわ、唇まで震えてきた!

首筋に流れる冷や汗を感じながら、

ゆっくり、ゆっくり、ほんとうにゆっくり、唇を・・・・・・・・・重ねた!!

 

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