僕「朝だ〜〜〜・・・今日は頑張るぞ!」

 

外は・・・と曇ったガラスを拭く、

雪が積もってるけど天気は良い、絵を描くには最適な日だ!

でも今日は先にやらなきゃいけない事がいっぱいある、ペンションのお手伝いをしないと・・・

 

僕「時計は・・・朝7時前か、ちょっと早かったかな?」

 

でも変な胸騒ぎがするんだよなあ、

夕べの霧子さんが気になって、心につかえてるんだろうか?

何か忘れてる・・・訳でもないよな?変だ、モヤモヤというかイライラというか・・・

 

僕「まあいいや、霧子さんに会おう」

 

部屋を出る、まずはトイレ・・・より先に、

なぜか霧子さんの顔を見たくて仕方がない!

ロビーを見回す、誰もいない、じゃあやっぱり管理人室か・・・

 

コン、コン

 

僕「おはようございます、霧子さん?」

 

返事が無い・・・

キッチンかな?でも明かりは漏れてる、

外でゴミ出し?嫌な予感がするな、モヤモヤの正体はこれか?

 

僕「まさか夕べに続いて今朝も倒れてるなんて事・・・」

 

ガチャ、とノブをひねると普通に開いた、

中では・・・うつ伏せでこたつのテーブルに倒れている霧子さんが!!

ぶるぶる震えて両腕を突っ張って、もがき苦しんでいる!これはいったい!?

 

僕「霧子さん!霧子さん!!霧子さん!!!」

 

また注射が打てなかったんだろうか!?

慌てて上半身を起こす!うわ!今度は腕じゃなく顔が真っ青!

口をぱくぱくさせ・・・散らばっている薬!水と一緒に飲ませなきゃ!!

 

僕「・・・・・いや違う、これは・・・!!」

 

背中をばしばしと叩く!

部屋を見回す・・・あった、掃除機だ!

コンセントをさして、スイッチ入れて先の部分を外して・・・

 

僕「口に入れます!」

 

ズオォォーーーーー・・・・

 

勢いを一番強くすると・・・

 

ブォーーー・・・ガラガラガラ・・・

 

霧子「んあっ・・・んはっ!けほけほけほ・・・・」

 

やっぱり!

薬が喉に詰まっていたんだ!!

掃除機に凄い量の薬が吸い込まれて行ったもんな・・・

 

僕「落ち着いて!お水、お水・・・空っぽだ」

 

そうか、水の量が足らなかったから・・・!

 

僕「汲んできます!」

 

即座に水をコップへ入れ、

すみやかに霧子さんへ!ゴクゴク飲み干してる、

落ち着くように背中をさすってあげる・・・危なかった・・・・・

 

霧子「んく・・んく・・・んく・・・はあっ、はあっ・・・」

僕「もう一杯汲んできます!」

霧子「い、いえ、もう、平気ですわ・・・はぁっ・・・死んでしまう、ところ、でした・・・」

 

サキュバスでも窒息すれば死んじゃうんだ。

 

僕「どうしたんですか?ここ最近、薬の量が多くなってるんじゃ・・・あ!もしかして!」

霧子「い、いえ、早く朝食の支度をと、あせってしまったからですの」

僕「・・・よくよく考えたら、僕にエネルギーを送るって事は、霧子さんが消耗してるって事じゃあ!?」

 

だとすれば、増えた薬の量だけじゃなく、ここ数日、痩せてきてるのも説明が付く!

 

霧子「本当に心配いりませんから、どうかお気になさらずに・・・」

僕「2日連続で死にかけてるんですよ!?気にしないでいられる訳がないです!」

霧子「これからは、気をつけますから!ですから・・・う・・・く・・・薬を・・・うぅ・・・」

 

やっぱり水を汲んでこなきゃ。

 

僕「入れてきますね、あと砂丘病院にも連絡してきます」

霧子「そ、それだけは!お願い!それだけは、やめてください!」

僕「どうしてですか?服部先生に霧子さんも見ていただいた方が・・・」

 

凄い取り乱し方だ、

慌てて駆け寄って僕の足にしがみついてきた。

 

霧子「お願いします!怒られてしまいます!それに、このペンションだって・・・」

僕「どうしたんです、落ち着いて!霧子さんらしくない!」

霧子「どうしても、どうしても、せめて、せめてあと1年は・・・げほげほげほ・・・」

 

ただ事じゃないな、これは・・・

よし、脅したくはないけど、はっきりさせよう。

 

僕「霧子さん、では僕をちゃんと納得させてください」

霧子「納得と・・・申されますと、どう・・・すればよろしいので、しょうか?」

僕「きちんと説明してください、癒すエネルギーの事、霧子さんの病気との関係、あと・・・隠していること、全て」

 

そうだ、まだ何か核心的な、重要なことを隠しているはずだ!

 

霧子「そ、それではですね、絵にして説明しますと・・・」

僕「もう『矢追純一UFOレポート・ネバダ州の牧場で目撃された謎の飛行物体を追え』みたいなのは駄目ですよ?」

霧子「は・・・・・はい、では言葉で説明を・・・何からにいたしましょうか・・・」

 

とりあえず僕の足から離れた霧子さん、

散らばった薬を回収しながら神妙に語り始めた。

 

霧子「この薬は・・・確かにサキュバスにとって必要な、エネルギーを補うものですわ」

僕「サキュバスに必要なエネルギーっていうと・・・」

霧子「それは精・・・純粋なそれではありませんが、人工的に加工したものですの」

 

なんで直接、吸わないんだろう?

 

僕「じゃあ、その粉は、粉末の精液・・・?」

霧子「細かい説明は省きますが、精液に一番近い成分は、注射で打つ・・・こちらの液体ですわ」

僕「直接、血管に入れている訳ですか、点滴みたいに」

霧子「人間で言えばインシュリン注射に近いと考えていただければ早いと思います」

僕「なるほど・・・じゃあ、なぜ苦しんでたんですか?」

 

ようやく薬を回収し終えると、こたつに入った。

 

霧子「サキュバスというのは精を吸う種族です、その精がエネルギーとなり独自の能力が使えるのです」

僕「空を飛んだり、壊れたものを修復する魔法みたいなのを使ったり、ですよね?じゃあ人間の食事は?」

霧子「それはそれで物質的な栄養補給としてなくてはなりませんが、それとは別の、仮に胃が2つあると考えてください」

僕「胃が2つ・・・牛は4つだけど、って比べちゃ駄目か・・・その胃は両方とも常に満たさないといけないんですね?」

霧子「そうです、もちろんレントゲンで見れば胃は1つですが・・・人の精は、大昔ならともかく、今は無闇に吸える物ではありません」

 

そう言って本棚から出して来たのは、ヨーロッパの歴史書だ。

 

霧子「これが、私たちの姿です」

僕「これって火あぶりになってる女性のイラスト・・・まさか!?」

霧子「はい、人間の精を秩序無く吸い尽くした結果の迫害、魔女狩りです」

僕「そうだったんだ・・・魔女狩りの魔女って、サキュバスだったんだ」

霧子「そのせいで、疑いをかけられた普通の人間まで、このような被害に・・・」

 

学校では絶対に教えてくれない歴史だ。

 

僕「じゃあ、この二の舞にならないように?」

霧子「はい、特に定められた相手以外の精を吸う行為は厳禁とされています」

僕「だから薬で代用してるんですね・・・あれ?でも、強盗殺人犯は吸い尽くしましたよね?」

霧子「それがそもそもいけなかったのです、いえ、吸う行為をした事自体は正当防衛が認められました」

僕「確かそんな事を服部先生も・・・いえ、何でもないです、こっちの話・・・続けてください」

 

隠れて、盗み聞きしてた話だもんな。

 

霧子「お客様を助けたい一心で、急いで精を吸い尽くし、エネルギーにして治療し、割れたガラスも元に戻して・・・」

僕「そこでエネルギーを使い果たしちゃった訳ですよね?」

霧子「しかし、1度に4人もの、人間の精を吸い尽くしたせいで・・・体が・・・その味を覚えてしまいまして・・・」

僕「・・・それで薬の量が多く必要になってしまったんですね、さっきの例えを続けるとすれば、胃が大きくなってしまったっていう」

霧子「薬での、加工精液の代用は、サキュバス本来の吸収方法ではないため、特に血液への注射は痛みを伴います、その痛みも、本物を吸ったせいで大きく・・・」

 

だから苦しんでいたのか・・・ん?待てよ?

特に苦しそうな現場を見たのって、強盗に襲われる前と、

あとは昨日の夜・・・まあ、いつも見てる訳じゃないけど、ちょっとずれてる気が。

 

僕「ここ最近、辛そうなのは、僕へのエネルギーを強くしているからですよね?」

霧子「それは・・・否定はいたしません、なぜなら、早く治してさしあげたいからです」

僕「治療を急ぐ、焦ると使うエネルギーも大きくなる、消費した分を薬で補おうとする、だから量が増えたんですね?」

霧子「それもあります、でも、一番大きな理由があるのです、それは・・・申し上げにくいのですが・・・・・」

僕「もうここまで来たら、洗いざらい全部言ってください、はっきり、すっきりさせましょう」

 

僕を上目遣いで見つめる霧子さん、その開いた口から出た言葉は・・・!

 

霧子「お客様・・・・・あなたのせい、なのです」

僕「えええええええ!?ぼ、ぼくうううううう!?」

霧子「あっ、悪いのは私です!言い方が足りませんでした、申し訳ありません」

僕「どういう事ですか!?何かしましたっけ?」

霧子「お客様が・・その・・・あまりにも・・・素敵で・・・美味しそうでしたから・・・」

 

こ、これは、褒められているのだろうか!?

でも、おいしそうって事は、餌としてだよな?

そんなにギラギラしてたっけ?ギンギンになっていたっけ??

 

僕「ダイエット中、美味しい物を目の前にするとお腹が空くようなもんですか?」

霧子「まあ、そう考えていただいて、遠くは無いかと・・・薬には性欲を抑える効果もありますから」

僕「それで、強盗が来る前も薬が多くなっちゃったんですね、僕のせいで」

霧子「そのような状態で、人間の精を吸い尽くしてしまって、我慢も限界に近くなってしまって・・・」

僕「近くなったんじゃなく、昨日からもう限界に来てるんだと思います、薬の量が尋常じゃない・・・」

 

だったら、ちゃんと砂丘病院の服部先生に言えばいいのに。

 

霧子「お客様を早く治すために、薬を多くした理由も、我慢する期間を少しでも短くしようと思ったからですわ」

僕「でも普通で2年かかるんですよね?努力して1年に縮んだとしても、1週間で臨界点まで来てるなら、意味が無いかと」

霧子「いいえ、苦しいだけで、サキュバスはそう簡単に死ねません、さっきの喉に詰まらせたのは例外中の例外です」

僕「だからってその苦しみが耐えられないものだったら・・・やっぱり服部先生に連絡して、ちゃんとしてもらいましょう」

霧子「いえ!そんな事をしてしまいますと、もう・・・私とは、会えなくなってしまいます!このペンションだってきっと、もう・・・」

 

・・・詳しいことはよくわからないけど、

事が大きくなると、もしくは霧子さんが僕を癒せないって事になると、

まずい事になるらしい・・・会えなくなるって事は、僕がどこかへ連れて行かれるのか!?

 

僕「・・・・・ではどうしたいんですか?霧子さんは」

霧子「私は、私がどれだけ苦しんだとしても、お客様を癒し、完治させる事を全うしたいのです」

僕「だからって霧子さんが、こんなに身を削ってるんじゃ・・・」

霧子「それに、絵も・・・私の絵も描いていただいていますから、完成していただかないと・・・」

僕「でもやせ細る一方だったら続きは描けません・・・・・う〜ん・・・どうしよう・・・」

 

・・・・・そうだ、じゃあ我慢しないっていうのはどうだろう?

 

僕「霧子さん、サキュバスって・・・吸った人間は、使い捨てなんでしょうか?」

霧子「・・・まあ、なんて酷い言い方なんでしょう」

僕「ご、ごめんなさい、その、枯れない程度に吸うのって・・・可能ですか?」

霧子「可能か不可能かと言われれば・・・・・・・・・どちらと申せば良いのでしょうか?」

僕「ど、どういう事?そういえば強盗殺人犯は衰弱だけさせて警察に突き出す予定だったんですよね?」

 

ふうっ、と大きくため息をつく霧子さん。

 

霧子「1980年代くらいまでは黙認されていた方法なのですが、人間は1度普通に吸われた位では一時的な消耗しかしません」

僕「じゃあ、その頃までは、いろんな人間の家を飛び回って・・・」

霧子「ええ、一晩吸ってはそれを夢という事に信じ込ませ、また別の人間の所へ・・・」

僕「故意に吸い尽くして殺そうとしなくても、それで生きて行けるんですね?」

霧子「ええ、お客様のような重体を救うといった緊急事態でなければ、命まで吸い尽くすほどのエネルギーは必要ありませんから」

 

しかも4人分必要だったもんな・・・おつりでガラス直したとはいえ。

 

僕「なぜ禁止になったんですか?」

霧子「理由は大きく分けて3つあります、1つは情報が発達して、証拠が残りやすくなってしまった事」

僕「ビデオカメラとか普及しはじめた頃ですよね、さらにその後はインターネットとか出てきたし」

霧子「もう1つは、一通り吸い終ってしまった事、他のサキュバスとかぶってしまうのです」

僕「そっか・・・もし2回3回としちゃうと、どうなるの?サキュバスが代わってもですよね?」

 

気がついたら向かい側のこたつに入っている僕。

 

霧子「麻薬のようなものと思ってください、2回目以降には、グンと依存性が出て、3回目には酷い禁断症状が・・・」

僕「そんなに・・・1回目はなんとかなっても、それ以降は、体がサキュバスを求めてたまらなくなると・・・?」

霧子「はい、その先に待っているのは、餌となって吸い尽くされる運命か、そうでなくとも発狂か廃人か・・・」

僕「それは・・・怖い、じゃあ絶対かぶらないように注意しないと・・・それが無理になったから禁止されたんですね」

霧子「ちなみに3つ目の理由は性病です、種族は違えど共通してかかる性病も非常に多いので・・・ですから今は薬が中心です」

 

なるほど、納得した、薬の謎はこれで解けた!

でも1つだけ、どうしても引っかかる事がある、それは・・・

 

僕「サキュバスとは違う、確か・・・インクサキュバスでしたっけ?」

霧子「はいっ!?インクリボンですか!?」

僕「そのボケはもういいですから・・・僕ってそれになる可能性もあったんですよね?」

霧子「はい、でも処置が間に合って、インキュバスにならずには済みました」

僕「そのインキュバスって・・・・・何でしょう!?」

 

一気に表情が暗くなる霧子さん、

言いたくなさそうだ、でも、言ってもらわないと困る。

さすがにもう、逃げの行動には出られない雰囲気だから・・・。

 

霧子「インキュバス・・・それは・・・・・サキュバスの、餌です」

 

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