☆鏡霧子☆

 

霧子「まあ、お疲れ様」

 

エプロン姿の霧子さん、

長い黒髪と大き目の眼鏡が落ち着いた雰囲気をかもし出している。

まさに甘えたくなるような大人の女性・・・年齢は20代後半に見える。

 

僕「あの、お客さん来てますよ、杉田さん」

霧子「それは大変!もう中に入られたんですか?」

僕「ええ、くつろいでいますよ」

 

慌てて階段を駆け上り入っていく、

あの服でなんて身軽な・・・僕も段ボールを抱えてついていく。

 

霧子「いらっしゃいませ、ようこそ砂丘斜へ」

父親「1泊だけですがよろしくお願いします」

霧子「予約の杉田さまですね、お待ちしておりましたぁ」

 

透き通る声・・・いつ聞いても綺麗な声だ・・・

高級なホテルのメイド長って感じだけど、でも全然キツい感じはしない、

むしろどっちかというと高級旅館のやさしい女将さんという雰囲気かもしれない、いつもとびっきりの笑顔だ。

 

僕「あの、これ・・・」

霧子「まぁ、ごめんなさい、重かったでしょう?」

 

そう言いながらダンボール箱をひょい、と受け取る。

メイド服ごしに膨らんでいる大きすぎる胸に、むにゅ、と抱える。

かなり重いはずなのに平気そう・・・結構、力持ちなんだよな。

 

霧子「湿原から戻ってらしてたんですね、ごめんなさい、気付かなくて」

僕「いえ僕も・・・まだ車で出かけたままだとばっかり思ってて」

霧子「露天風呂の掃除をしていましたものですから・・・」

 

ふと老夫婦がテーブルの下から荷物を手にする。

 

香奈々「私、持つよ〜」

老婦人「まあ、お嬢ちゃんありがとう」

老紳士「では私共はこれで失礼致します、心地よい時間を過ごせました、ありがとう」

霧子「こちらこそありがとうございます、またいらしてくださいね♪」

香奈々「あー、お兄ちゃんこれお土産ー」

 

ビニール袋に包まれた箱をくれた。

 

僕「これは・・・駅弁、いや、空港の、空弁かぁ」

香奈々「新千歳空港の生ハム弁当だよー」

僕「おいしそう・・・ありがとう、夜食でいただくよ」

香奈々「霧子ねーちゃん、ママに何か頼むことなーいー?」

霧子「んー、今日は特には無いわね、ありがとうね、お客さんを駅までお願いね」

 

老夫婦は宿泊代を済ませ、

深く礼をしてから香奈々ちゃんと一緒に出て行った。

窓からは香奈々ちゃんのママが運転する車が待機しているのが見える。

 

老婦人「ではさようなら、お邪魔しました」

老紳士「良い絵が完成したら見せていただくよ」

僕「ありがとうございます」

香奈々「じゃーまた明日ねー」

霧子「はい、ではお見送りを・・・杉田さん、もう少々お待ちくださいませ」

 

待たされている杉田さん一家、

子供たちは物珍しいのかペンションの内部をキョロキョロ見てる。

 

僕「じゃあ僕が部屋を案内しますよ」

霧子「まあ、よろしいんですか?」

僕「ええ、じゃあ杉田さん、行きましょう・・・あ、荷物お持ちします」

霧子「お部屋はー・・・」

僕「102号室ですよね」

 

杉田さん一家を案内する・・・

老夫婦がさっきまで101号室に泊まってて、

僕が103号室で、客室は3つしか無いんだから残りは102号室しかない。

 

僕「こちらです」

息子「わー、ひろーい」

娘「きれぇ〜い」

父親「ほう、これはいい」

母親「本当、別荘みたいだわ」

 

確かにいいな〜、

僕の泊まってる部屋は1〜2人用だから部屋が倍違う。

 

息子「2階もあるよー」

娘「え〜、ひょっとしておふろぉ〜?」

僕「お風呂は外ですよ、使う時間が部屋によって割り当てられてます」

母親「露天風呂よね、楽しみだわぁ」

父親「おぉ、大きなテレビだ、こんな所でも見られるとは意外だ」

僕「今はBSデジタルがありますから、あと細かい情報はロビーのインターネットで見れますし」

父親「便利な世の中になったなぁ」

 

どたどたどた・・・

 

息子「2階はベッドが2つあったよー」

娘「おほしさまみながらねむれるぅ〜」

僕「荷物はここに置いていいですね」

母親「ありがとうございます」

父親「あの・・・1つ聞いてもいいかね」

僕「ええ、僕は客ですが、それでもよければ・・・」

父親「その・・・熊とか出たりはしないのかい?」

僕「大丈夫ですよ、道に面した所以外は穴が掘ってあって熊が通れない溝が造ってありますから」

息子「道からはこないのー?」

僕「戸締りしっかりしてあるから大丈夫だよ、門以外の道沿いは堀で固めてあるから」

娘「くまさんこわせないぃ〜?」

僕「うん、あの分厚さなら大丈夫!だから安心して眠れるよ」

 

・・・なんか従業員ごっこも悪くないな。

 

僕「詳しいことは後でオーナーの霧子さんが説明すると思いますので」

息子「あー、あそこ犬がいるー」

娘「ほんとだぁ〜、さむくないのかなぁ〜」

僕「あれはキタキツネだよ、追いかけちゃ駄目だよ?堀に落ちるから」

母親「色々とありがとうございました」

父親「また後ほどお会いしましょう」

僕「ええ、ぜひ」

 

案内を終えてロビーへ戻ると、

見送りが終わった霧子さんが丁度戻ってきた。

 

霧子「すみませぇん、お客様にお客様を案内させてしまってぇ・・・」

僕「いいんですよ、霧子さんしか従業員がいないんですから・・・じゃあこれは貰っていきますね」

 

ダンボール箱にあるビニール袋を取る。

 

☆謎の薬☆

僕「生ハム寿司、夜食に取っとこう・・・あれ?」

霧子「あ!そっちは・・・!!」

僕「・・・薬?しかもいっぱい・・・」

霧子「香奈々ちゃんのお土産は、こっちですよっ!」

僕「ご、ごめんなさぁい、取り間違えちゃった」

 

慌てて薬を奪う霧子さん、

そして押し付けるように空弁を僕へ・・・

何を焦ってるんだろう?ちょっと変な態度だ。

 

霧子「お、お料理を作ってきますねっ!」

僕「段ボール、僕が・・・」

霧子「いいんですっ!できたらお呼びしますからっ!!」

 

重い段ボールをまるで夜逃げみたいにして奥へ運んでいった・・・

それにしてもあの薬の山、何だろう?瓶もあったような・・・そうか、

こんな辺ぴな場所にあるペンションだ、事故とか病気とかあったら大変だもんな、

駅近くの病院まで車で50分以上かかるんだし、きっとお客さん用にいっぱい準備しておくんだろう。

・・・だったら変にあせる必要はないよなぁ・・・ま、いっか、部屋に戻ってBSニュースでも観よう。

 

 

 

 

 

食事の時間、ロビーは一転して暖かな食堂になる。

まあ、ロビーって言っても元々居間みたいなものだったし・・・

杉田さん一家と僕の前には暖かな海の幸・山の幸が豪華に並べられる。

 

霧子「最後にこのクリームシチューを入れますねぇー」

父親「お、おいしそうだ」

息子「コーンがいっぱい入ってる!」

娘「このしろいのはぁ〜?」

母親「それはホタテじゃないかしら?」

霧子「そうですよぉー、後は秘密の隠し味があるんです、あててみてくださいねぇ」

 

僕の目の前の大皿にも盛られる・・・

贅沢だなぁ・・・お客さんが多いとシチューも豪華になる。

 

僕「あれ?霧子さん、眼鏡にシチューがついてますよ」

霧子「あらぁ、本当?ごめんなさい、拭かなきゃ」

僕「きっと作るのに夢中だったんですね」

 

しっかりものの霧子さんの、

こういうちょっとした間の抜けた所が、なんか可愛い。

 

みんな「いただきまーす!」

 

まずは煮込まれたスジ肉から・・・

レタスに巻いて食べるんだな、んぐ・・・おいしい!

杉田さん一家は・・・みんなクリームシチューに夢中だ。

 

父親「コクがあってまろやかで・・・ふむ・・・」

母親「こんなに美味しいの、はじめてだわぁ」

息子「おいしいけど、隠し味はー?」

娘「・・・・・(ずずずずず〜〜〜・・・)」

 

では僕も・・・

スプーンですくって・・・ぺろりっ・・・

口の中に広がる甘さ、そして濃厚さ・・・ふうむ・・・

ベーシックなおいしさの中にクリームシチューに必要な全ての味が凝縮されている・・・ん?

全ての味?でも、見た目には具ってホタテとコーンしか・・・なるほど、わかったぞ!!

 

僕「霧子さん、隠し味がわかりましたよ!」

霧子「・・・・・・・・・」

僕「あれ?霧子さん?霧子さん??」

 

ぼーーーっとしてる・・・

何かを見つめてる?いや、視点が合ってない、

考え事をしている、というよりも何も考えてないような・・・

 

僕「霧子さん、霧子さーーーん」

霧子「・・・・はっ!な、なんでしょう?」

僕「大丈夫ですか?・・・えっと、隠し味って、ブロッコリーとニンジンでしょう!」

霧子「あ・・・そ、そうです、よくわかりましたねぇ」

僕「クリームシチューに欠かせない具ですから」

 

でも、もう一味あるような気が・・・

 

霧子「えぇ、人参とホワイトブロッコリーと玉葱とジャガイモをペーストにして混ぜてあるんですぅ」

父親「ほう、まったく気付かなかった」

母親「うちの子、野菜嫌いなのよ、でも食べてるわねー」

息子「これ、おいしいよー?」

娘「おかわりぃ〜」

霧子「はいはい、すぐに入れますねぇ」

 

料理の腕前、凄くうまいんだよなぁ・・・

独立する前にどこか有名なホテルにでもいたんだろうか?

ペンション沿いの道をもうちょっと進むと廃墟になってるスキー場とホテルがあったから、そこにいたとか・・・?

 

霧子「・・・・・」

 

あ、席についたらまたぼーっとしちゃった。

今度は自分のシチューをすくったままで止まって・・・

いつも1人で完璧にこなしてるから、体がガス抜きしたがってるんだろうか?

それか、僕にはわからない大きな悩みを抱えているとか・・・それで逃げるようにここへ・・・

普段は才色兼備な霧子さんの、こういうたまにポーッと抜けた所っていうのが男心をそそるんだよなぁ。

 

霧子「・・・はっ!お水ですね、はいどうぞ」

息子「ありがとー」

僕「霧子さん、冷めちゃいますよ」

 

・・・霧子さん、まさかメイドロボかなんかじゃ!?

 

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