也幸「・・・・・」

 

透き通る青空を見上げて考える。

今は気持ちいいけど、きっと暑くなる・・・

リュックの奥にはハンカチと小さなタオル。

ティッシュもあるけど、もっといいものがあったはず・・・

そうだ、と何かを思い出しエレベーターへ乗る、跳び上がって押したボタンは9階だ。

 

也幸「・・・」

 

家に入ると2人の兄はテレビゲームに釘付け、

画面ではおっぱいのやたら大きなお姉ちゃんが水着でビーチバレーをしている。

 

隆幸「・・・・・(ゴクリ)」

雅幸「・・・・・・・・(ゴクリッ)」

 

邪魔しないように部屋へ入って押入れの、今度は上に登る。

リュックの重さでおっとっと、となるが何とか入って奥からゴソゴソ何かを出した。

 

也幸「〜♪」

 

機嫌良さそうに被ったのは、帽子だ。

つばがぐるりと広がる、冒険にぴったりな・・・

ネズミーのキッズツアーで参加賞として貰った探検帽子だ!

 

とすっ、と跳び下りるとジャラッ、とリュックのお金が鳴る。

リビングでは也幸くんに気づいてないのか気づいててもおっぱいが優先なのか、

黙々とゲームに集中するお兄ちゃんたち・・・その後ろをそろりそろりと通って玄関を出た。

 

也幸「・・・」

 

さあ行くぞ、と自分を奮い立たせる!

エレベーターの1階を背伸びする事なくポチッと押す、

その指にも力がこもる・・・じーっとぶらさげてある迷子札と猫猫園入場パスを見てるうちに、1階へついた。

 

也幸「〜〜♪」

 

てけてけとマンションの裏口へ行くと、

自転車を物色してる3人が目に入る!」

 

也幸「!!」

 

あれは・・・也幸くんにとって「悪いお兄ちゃん」こと、

広幸、彦幸、信幸お兄ちゃんだ!家で会うたびに虐められていて、

夏休みまでは狭い部屋で嫌でも顔を合わせていたから、やられ放題にされていた。

何か言おうとすると、すぐ酷い事をされるのでいつしか何も喋れなくなった。

たまに酔ってない父や、やさしい姉がかくまってくれたが、毎日が拷問のように記憶している。

 

也幸「・・・・・(そ〜っ、そ〜っ、そ〜〜〜っ・・・)」

 

ガチャガチャと自転車をいじくる兄に気づかれないように・・・

・・・・・・・・・ようやく裏口についたあたりで、急いで駆け出す!!

 

ジャラジャラジャラジャラジャラ!!

 

也幸「!!!」

 

リュックのお金が騒ぎはじめた!

 

広幸「あ!也幸じゃねーか!」

彦幸「金の音がしてるぜー!」

信幸「おい待てよ、也幸ー!」

 

必死に逃げるもののリュックの重さが邪魔し、 

さらに3人の兄は也幸くんに負けず劣らず足が速いため、

あっけなく捕まってしまった・・・追い剥ぎのようにリュックを奪われる!

 

也幸「ー!ー!ーーー!!!」

広幸「こっちのポケットか?・・お、いっぱいあんじゃん!」

彦幸「札もあるぜすっげー3枚!500円玉もあるしよー」

信幸「これでラーメン食って漫画買おうぜー!あとジュース!」

也幸「ーーー!!!−−−−−!!!!!」

 

ガシッ!と広幸の後頭部が掴まれる!

 

雛塚母「あんたたちーーー!なーーーーにやってんだーーい!?」

広幸「か、かあちゃん・・・!!」

也幸「!!!!!」

雛塚母「こら!逃げんじゃないよ!」

彦幸「ひぃーーっ!!」

 

もう片方の手で彦幸を、腕で信幸を捕まえる!

よほどの握力・腕力そして威圧感なのだろう、3人の悪い兄は蛇に睨まれた蛙のように動けない。

 

雛塚母「也幸の金を盗むんだったら1ヶ月ご飯抜くよっ!?」

広幸「それは・・・かんべん・・・」

雛塚母「ほらリュックとお金返しな!」

彦幸「痛いよ!か、返すから、手ぇ離してよっ!」

信幸「ほらほらほら、也幸、ほらよっ!」

 

無造作に投げられたリュック、

それをパンパンと払って拾う也幸くん、

お金の入ってたチャックは開いたまま空だ。

 

也幸「ーーー!!」

 

兄たちからお金を返してもらう、

千円札が3枚、500円玉が2枚、100円玉が3枚・・・

 

雛塚母「それで全部かいっ!?」

広幸「こんだけ返せばいいだろー!」

也幸「!!!(ふるふるふる!!!)」

雛塚母「也幸はまだあるって言ってるよっ!?」

彦幸「いでででででで!いでえよ〜〜〜〜〜!!」

 

ミシミシッ、と雛塚母の指が彦幸のこめかみに食い込む!

ぽと、ぽとっ、と落ちた500円玉1枚と100円玉2枚。

 

雛塚母「まだあるでしょっ!」

信幸「も〜ないよ〜ほんとだよ〜」

也幸「・・・・・!!(コクリッ!!)」

雛塚母「そうかい?也幸がそう言うなら本当のようだねっ」

広幸「・・・・・・ふぅ〜〜〜!母ちゃん息子を殺す気かよー!」

 

ようやく開放されて逃げる兄3人!

 

雛塚母「ちょっと!また駐輪場で悪さしたらこんなもんじゃすまないからねっ!」

也幸「!!!(うるうるうる)」

雛塚母「・・・也幸、いいもんやるから、ついてきなっ!!」

 

スカートの後ろを握ってついていく・・・

夏休みが終わってから、なんとなくいい感じになったお母さん。

もちろん性格や迫力に変わりは無いのだが「物分りが良くなった」というのを也幸くん的な感覚で読み取っている。

 

雛塚母「ほら、上がって待ってなっ!」

 

ここは1階の管理人室・・・

物がいっぱい置いてあるけど昔の家とは違って窮屈ではない、

むしろ部屋が広くて快適だ、奥で寝ているお父さんを見つけ、とことこと近づく。

 

雛塚父「お、也幸じゃないか!今日はお出掛けかい?」

也幸「!!!(コクコク)」

雛塚父「一緒に行ってやりたいけど、まだ体が良くならないから・・・」

雛塚母「アンタはさっさと病気治すんだよっ!何のために給料を2人分貰ってると思ってんのっ!」

雛塚父「ああすまない、苦労かけて・・・はやく管理人の仕事ができるように・・・ううっ・・・」

 

辛そうなお父さん、

そっと横に置いてある水を差し出す也幸くん。

 

雛塚父「ありがとう・・・薬を飲むよ」

雛塚母「病人が無理に働いたって足手まといだからねっ!私が2人分働いてんだから、さっさと治しなっ!」

雛塚父「わかってるよ・・薬代も高いから・・・ん・・んぐ・・んぐっ・・・・・ぷはぁ・・・本当に済まない」

雛塚母「なに言ってんの!酒代が薬代になっただけでそう変わりゃしないよっ!」

雛塚父「薬代もかからなくなるように・・・酒ももう絶対に飲まないから・・・雪子、ありがとう」

 

顔を紅くするお母さん、也幸くんはそれを物珍しそうに、目をパチクリして見ている。

 

雛塚母「れ、礼なら上の兄ちゃんに言いなっ!」

雛塚父「そうだな・・・全てあの子のおかげだ、命の恩人だ」

雛塚母「あと雪巳雪菜雪沙にもだよっ!あの兄ちゃんを籠絡してなきゃ、夜逃げする所だったんだからねっ!」

雛塚父「引越しの準備がそのまま部屋の移動で済んで良かったよ、あの子も自分からよく運んでくれた・・・もう息子だな」

雛塚母「ほら也幸!古いけど前にアタシが使ってたガマ口だよっ!財布に使いなっ!!」

 

もらってお金を詰め、ズボンのポケットに入れた。

 

雛塚父「じゃあ行っておいで、車には気をつけるんだよ」

也幸「!!!(コクコクコク!!!)」

雛塚母「走ってその水筒、落とすんじゃないよっ!!」

 

手をぶんぶん振りながら管理人室を後にする、

あらためて裏口へ・・・駅とは方向が違うが、これでいい。

ついた先は大きな公園、そしてすべり台の上にはいつものあの子が・・・

 

舞奈「なりゆきくんおはよお〜〜〜きょ〜はど〜したの〜〜おでかけのかっこ〜してる〜〜〜」

 

姿を見ただけで、もう三言も喋る・・・也幸くんの彼女、クラスメイトの舞奈ちゃんだ。

 

也幸「〜〜〜♪」

舞奈「なにそれぇ〜なりゆきくんのかおのしゃしんがはってある〜みせてみせてぇ〜ええっとぉ〜

 かんじむずかしくってわからないけどぉ〜ねこのえがかいてあるぅ〜なりゆきくんねこをみにいくのぉ〜?

 そのすいと〜とりゅっくかわいい〜りゅっくはぴんくいろ〜なりゆきくんにあってるぅ〜とってもかわいい〜」

 

このやたら喋る少女をと也幸くんはラブラブである、

正確には一方的に舞奈ちゃんが也幸くんを慕っていて一方的に恋人宣言し、

一方的にいちゃついて一方的に何時間も話しかけたり一方的にキスしてきたり・・・

也幸くんはコクコクと相槌を打つが、その頷きすら無視して話してるようだ、

たまにYESかNOかで答えられる質問が来るが、首を縦か横に振るだけでいい。

 

舞奈「まいなもなりゆきくんとおでかけしたいなぁ〜えんそくだけぢゃなくってぇ〜

 ふたりっきりでぇ〜どこかいきたいねぇ〜それでねぇ〜よるにいっしょにそとへでてぇ〜

 ながれぼしのしたでなりゆきくんにまいなのおはなしをいっぱいいっぱいきいてもらうのぉ〜

 なりゆきくんにまいなのこともっともっともっときいてほしいからぁ〜なりゆきくんもききたいよねぇ〜」

也幸「・・・・・」

舞奈「そうだよねぇ〜ききたいよねぇ〜なりゆきくんならぜったいそ〜いってくれるとおもってたのぉ〜

 いつになったらいっしょにと〜くへいけるかなぁ〜いくつになったらかなぁ〜はやくだといいなぁ〜〜

 こ〜やってまいにちこ〜えんであうのもいいけど〜だれもじゃまされないところっていいよね〜ねぇ〜〜」

 

むしろ返事をしなくても都合良く解釈してくれる。

はっきり言って普通の子なら舞奈ちゃんから「うるさい!」と逃げ出すだろう、

現にそれで何度も疎まれている、なのにまったく逃げずひたすら話を聞いてくれる也幸くんを、

舞奈ちゃんは好きで好きでしょうがない、一方の也幸くんも自分がうまく喋れないフラストレーションからか、

一方的であれ会話を強引に成立させてくれる舞奈ちゃんとは、いるだけで構ってもらえて楽しいし、嬉しいのである。

 

舞奈「それでねぇ〜ゆ〜えんちとかおんせんとかもいいけど〜ふたりっきりでしずかなばしょっていうとぉ〜・・・」

 

もちろん同じ話かけられるにしても、根掘り葉掘り聞いて言葉を聞き出そうとはしない、

むしろ黙って聞いている方が舞奈ちゃんには邪魔されなくて嬉しいし、也幸くんも喋る間が無いのが、ありがたい。

見事に利害が一致したカップル・・・唯一の問題は也幸くんが眠くなり話を聞き流す事があるのだが、舞奈ちゃんはお構いなしだ。

 

舞奈「ね〜なりゆきくんのおうちおんなじまんしょんのなかでひっこしたんだよねぇ〜

 なりゆきくんのおねえちゃんのゆきさおねえちゃんからきいたよぉ〜ひろくなったんだよねぇ〜

 あそびにいっていい〜あそびにいきたぁ〜いなりゆきくんのおへやにはいってみたぁ〜い

 どんなおへやなのぉ〜ひょっとしてひとりのおへやになったのぉ〜ねこはかってるのぉ〜?

 だってなりゆきくんよくふくにねこのけがついてるぅ〜このこ〜えんにもねこいっぱいだけどぉ〜」

也幸「!!!」

舞奈「え〜もういっちゃうの〜おでかけだもんねぇ〜わかったぁ〜ぢゃあいってらっしゃぁ〜い

 なりゆきくんのいないあいだなりゆきくんのかわりになりゆきくんのだいすきなねこにおはなしきいてもらうねぇ〜」

 

手をぶんぶんぶんぶん振りながら滑り台を降りる、

いつもならこのままずるずる昼食時間まで付き合わされるのだが、

今日は大冒険という使命がある以上、振り切るように公園を後にするのだった。

 

舞奈「なりゆきくんきょ〜かっこいい〜おぼ〜しもにあってるぅ〜またねぇ〜〜〜!!!」

 

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