ぴんぽ〜ん

 

いつものようにインターフォンを押す也幸くん、

しばらくして聞こえてきた声は・・・こっちに住んでる姉で一番上の雪巳だ。

 

雪巳「開けるよー」

 

ガチャリ、と鍵の外れる音を確認し扉をくぐる、

入った所にあるのは階段、ここを登ると20階だ、

ここには也幸くんの5人の姉と、そして「いちばんえらいお兄ちゃん」が住んでいる。

 

也幸「〜〜〜♪♪」

 

ご機嫌で玄関を開けると、

高い天井・広い空間にくらくらする。

あまり上を見続けるとひっくりかえるのでさっさと靴を脱ごうと前を見ると・・・

 

雪絵「おはよぉ〜なりゆきぃ〜」

雪音「あそびにいってくるねぇ〜」

也幸「!!!(コクコク)」

 

玄関で靴を履く、歳の近い姉2人・・・

也幸くんの認識では「ちっちゃいお姉ちゃんその1・その2」だ。

2つ上、3年生の雪絵お姉ちゃんとと1つ上、2年生の雪音お姉ちゃん、

すれ違いざまに頭をいいこいいこ、と撫でて出ていった、元気そうだ。

2週間前の夏休みまでは2人がかりで一生懸命に世話をしてくれていた、

今は別れて住んでいてもこうして会いたい時にすぐ会える、だから不満は無い。

 

雪沙「なりゆきいらっしゃぁ〜い」

也幸「!!!」

 

靴を脱ぎ捨て迎えに来た「大好きなお姉ちゃん」に抱きつく!

4つ上、さらに遡って夏休み前まで献身的に面倒を見てくれた、5年生の雪沙だ。

也幸くんにとって親しみやすく、ちゃんとした面倒見能力がある姉は3人いた、

その3人のうち一番身長が低く歳も近い雪沙が、也幸くんにとって甘えやすく、また喋りたがらない自分にとって、

一番「いま考えていること」を汲み取ってくれる雪沙が凄く便利で、それでいて「どうしていいかわからない時」に必ず先を教えてくれた。

 

雪沙「ソヨカゼこっちだよ〜」

也幸「!!(コクコク)」

 

とことことついていく・・・

夏休みまではこの姉・雪沙の言う通りさえしていれば良かった、

自分は相槌を打つだけで、「なりゆきは○○○したいんだよねぇ〜」と先を決めてくれる。

他の姉や学校の先生、知らない人は一生懸命に何を考えているか聞こう、調べようと質問攻めにするが、

物心付いた時に、喋る暇さえ与えられず何か喋るとうるさいと怒鳴られた記憶を思い出し、逆に何も喋れなくなる。

 

雪沙「お兄ちゃんの邪魔しちゃ駄目だよぉ〜」

也幸「!!!(シャキーン)」

 

結局、也幸くんにとっては「何を考えているか調べられる」より「何を考えているか決めてもらう」方が都合が良い、

それを見出してくれた姉の雪沙が一番自分をわかってくれている、と懐くのも無理がなかった、そしてわかってくれている人がもう1人、この家の主だ。

 

お兄ちゃん「也幸くん、いらっしゃい」

也幸「!!!(コクコクコク)」

 

入った部屋にいたお兄ちゃん、この家で、このマンションで一番偉い人だ、

実は也幸くんは、いまだにこのお兄ちゃんの名前を知らない、聞いていても忘れている。

それは姉がみんな「お兄ちゃん」と親愛をこめて呼んでいるためで、お兄ちゃんの中のお兄ちゃん、

知っている全てのお兄ちゃんの中で一番のお兄ちゃんだから「お兄ちゃん」という呼び名で良いんだろうと感じている、

実際、姉たちが持つこのお兄ちゃんに対する「只ならぬ感情」をその豊かな感受性で感じ取っているため、自分もそれに倣っている。

 

お兄ちゃん「9階の生活はもう慣れたかな?」

也幸「〜♪(コクリッ)」

お兄ちゃん「そっか、よかった」

 

現にこのお兄ちゃんにはいっぱいいっぱい良くしてもらった、

ここで何度か寝た時は信じられないくらい何でも願いが叶っていった、

美味しいお菓子も、お腹いっぱいのご飯も、ぴかぴかの靴やまだ誰も着てないシャツも貰い、、

台風で流されそうになった猫一家や車に轢かれて死にそうな猫も助けてくれた、

デパートや回るお寿司や遊園地にも連れていってもらった、姉5人がここに居ついたのも当然だと感じている。

 

雪菜「也幸・・・おはよう・・・」

 

お兄ちゃんの胸で甘える眼鏡の雪菜お姉ちゃん、小6だ。

也幸くんの中では「押入れのお姉ちゃん」で認識している、

夏休み前、いつも押し入れに住んでいた・・・兄に虐められた時、こっそりかくまってくれた良い姉だ、

だから夏休みに入った時、急にいなくなって寂しい時に押入れを開けては中に雪菜お姉ちゃんがいないか確認し、

荷物しか入ってないのをぼーっと見ては物悲しくなって閉め、しばらくしてはまた開けて再確認、なんて事をしていた。

 

ソヨカゼ「・・・ZZZzzz・・・」

也幸「!!!」

 

窓辺で寝ている老猫ソヨカゼを見つけ駆け寄る!

ゆっくりゆっくり頭を、背中を撫でるが気持ちよく寝続けている・・・

1ヶ月前、車に轢かれて腕の骨が折れてる所をこの家に運び、病院に連れて行ってもらったのだった。

 

也幸「・・・・・」

 

無類の猫好きな也幸くん、

それは喋らなくても会話ができるから・・・

その会話は泣き声や仕草から、也幸くんが勝手に会話を心の中で交わしている物である。

 

ソヨカゼ「・・・・・にゃ(お、坊主か、おはよう)」

也幸「・・・・・(ソヨカゼのおじいちゃんおはよう)」

ソヨカゼ「・・・・・ゴロゴロ(今日は良い天気じゃな、眠いわい)」

 

そっとソヨカゼの隣で向かい合って横になる、

幸せそうにくつろいでる猫を見ると自分も幸せな気分になって、眠くなる。

雪沙お姉ちゃん、偉いお兄ちゃん、大好きなソヨカゼ、それが揃ったここにいるだけで也幸くんには天国だ。

 

雪巳「ねーお兄ちゃーん」

 

来たのは玄関を開けてくれた、ここに住まわせてもらってる中で一番上の、

也幸くん認識では「風船のお姉ちゃん」こと中1の雪巳お姉ちゃんだ、

夏休み前までカーテンをハンモック代わりにして寝ていた雪巳を、

下から寝ながら見上げていた也幸くんはそれが大きな風船に見えた。

また、胸に大きな風船をいつも2つ入れてるのも、その認識の決め手である。

 

お兄ちゃん「どうしたの?」

雪巳「また郵便溜まってるよー金曜からー」

 

ぽかぽか朝の陽射しにあたっているソヨカゼの匂いをかいでみる、

なんとなく「お日様の匂い」という言葉が小1ながら思い出された。

 

お兄ちゃん「ごめんごめん・・・えっと・・・あれ?猫猫園から来てる」

也幸「!!!」

 

猫という言葉には敏感な也幸くん、

まるで目の瞳が縦に長くなり、しっぽがピーンと上に伸びたような表情だ。

 

お兄ちゃん「ふむふむ・・・15日の祝日に三毛猫の名前を発表します、つきましては・・・」

雪菜「・・・皆様も・・ぜ、ひ?」

お兄ちゃん「うん、是非、命名式典にご出席ください、だって」

 

みけねこ・・・みけ・・・

なんとなくあの猫たちの事だろう、と理解し、

お兄ちゃんのほうへ転がりながら近寄った、そしてスックと立ち上がる。

 

お兄ちゃん「也幸くん、行きたいの?」

也幸「!!!!!(コクコクコクコクコク!!!)」

お兄ちゃん「そっか、でも僕、明日から大学で準備に忙しいからなぁ」

 

胸の中でトロケそうな表情の雪菜お姉ちゃんもつぶやく。

 

雪菜「私も・・・今日は午後から家事する番・・・です」

お兄ちゃん「雪巳ちゃんは出かけるんだっけ」

雪巳「そうー、お昼に雅幸たちのご飯を作ったらバスケ部の練習に出るのー」

お兄ちゃん「雪沙ちゃんはどうだっけ?」

雪沙「きょ〜はおともだちがいっぱいあそびにくるって、もくよ〜におにぃちゃんにいったよぉ〜」

 

なんだかよくわからないけど、まずそうな雰囲気を感じ取る也幸くん。

 

お兄ちゃん「そっか・・・保護者がいないと、まずいよなあ・・・」

也幸「!!!」

 

ぽんっ、と自分の胸を叩く。

 

お兄ちゃん「え?1人で行けるの?」

也幸「!!!(コクコクコク)」

お兄ちゃん「それはちょっと・・・でも小1だよね?う〜ん・・・」

也幸「ー!ーー!!ーーー!!!」

お兄ちゃん「わっ!シャツを引っ張らないでっ!」

雪菜「・・・・・・・」

 

ちょっと怖い顔をした雪菜お姉ちゃんにビクッと退く也幸くん。

 

雪巳「美鈴おねえさんはー?」

お兄ちゃん「明日から薬剤師のパート再開らしいから、最後の休みは邪魔できないよ」

雪菜「猫猫園って・・・何駅で・・・すか」

お兄ちゃん「千葉の房総で・・・手紙にちゃんと書いてある、JR富浦駅だって」

雪沙「なりゆきほんとにひとりでいけるのぉ〜〜〜?」

 

コクコクコクコクコク!!!!!

思いっきり首を何度も何度も頷かせる、

本当に行きたくてしょうがない気持ちが頭をシェイクさせるようだ。

 

お兄ちゃん「わかった!わかったから・・・う〜ん・・・JRの料金が発生するのは小学生からだし・・・」

雪巳「乗り換えとかいっぱいあるのー?」

お兄ちゃん「・・・送られてきたパンフレットだと東京駅まで行けば一本だね」

雪菜「行くなら・・・準備してあげる・・・です」

雪沙「なりゆきだったらだいぢょ〜ぶだよねぇ〜〜〜♪」

 

さすが大好きなお姉ちゃん!わかってくれてる!とばかり、

胸を何度も何度もぽんぽん叩く也幸くん!行く気満々である。

 

お兄ちゃん「・・・・・わかったよ、ちょっと怖いけど、初めての1人旅、行っておいで!」

 

もどる めくる