「次こそ4人目の男の子ができるといいなあ」 

「ルージュも頑張ってお手伝いさせていただきます」 

「ありがとう、そうしたらもっとヴァージョンアップしてあげるよ」

 

ヴァージョンアップ・・・  

男性の精液が選ばれた女性に受胎されると政府から多額の賞金が出され、 

そのお金は実績を上げた精液をとったメイドロボのヴァージョンアップに使われるのが一般的となっており、

メイドロボは愛されれば愛されるほどご主人ともども裕福に、幸せになっていくのである、 

しかも生まれたのが男の子なら賞金は通常の倍以上に・・・!! 

 

ヴァージョンアップされればメイドロボの性能は飛躍的に上がる、 

そのキットは外付け・メガネ型であり、ヴァージョンアップができるのは、 

原則的にメイドロボ購入者、ご主人様が注文した時のみである、 

高価なヴァージョンアップメガネをメイドロボに買い与える事はそれだけご主人に気に入られている証となり、

メイドロボ同士ではそのメガネを所有している数が優劣をつけている。 

 

 

♪ピンポーン♪

 

 

インターホンが鳴った、

私は玄関へ急ぐが、そこではすでに、 

キスティが黒猫型運送ロボから荷物を受け取っていた・・・ 

 

にゃにゃにゃ☆

 

「はんこくださいにゃ」 

「はーい、どうぞー♪」 

「ありがとうございにゃした」 

 

小さな荷物、あの大きさは・・・ 

キスティがご主人様の勉強部屋へ入る、 

丁度、歴史の講義が終わったタイミング・・・ 

 

「はーいマスター、荷物だよー♪」

「あ、届いたみたいだね、どれどれ・・・」

「それはひょっとして、私、ルージュの・・・?」 

 

包装を開けるとそこには「SECA」のロゴと、 

箱に入った最新メガネ型ヴァージョンアップキットが・・・!

両手を合わせて喜ぶルージュ、顔が赤らむほどに・・・!! 

 

「はいルージュ、いつもご苦労様」

「嬉しい・・・これで4つめですのね」 

「うん、1年前に男の子が生まれた時の分の残りのお金で、ね」 

「いいなー♪これでまたルージュに1つリードされちゃったー」 

「マスター、本当に・・・嬉しくて涙が出ます・・・」

 

目を潤ませるルージュ・・・ 

これでヴァージョンアップメガネの数は、 

ルージュ4つ、ミュウ3つ、キスティ3つ・・・ 

私は1つだけ・・・一番最初に買っていただいたとき装備していたのは別にして・・・

ミュウやキスティも男の子を作ってるから、じきにまたヴァージョンアップキットが届くでしょう。

 

・・・・・私もヴァージョンアップしたいな・・・・・ 

 

 

 

気がつけばもう夕方、 

居間でルージュとミュウがご主人様とくつろいでいる、 

正確には「ご主人様をくつろがせている」という表現になる、私も一応いるんだけど・・・

 

「あ、そうですわ、マスター、10人目の子供を作ったボーナスが振り込まれるようですわよ」

「そうなんだ、でも10人なんてそう珍しくないんじゃないかなー」 

「そんなことないですぅ〜、5年でぇ3人ぐらいが一番多いそうですぅ〜」

「うーん、ヴァージョンアップリングには遠いなぁ」 

「マスターならきっとできますわ」 

 

リング・・・指輪・・・ 

1人のメイドロボにヴァージョンアップメガネ10個で入手できる、 

メイドロボにとってのあこがれ、最高の勲章・・・ 

ヴァージョンアップリングはメガネ10個分のデータを移し入れる事ができる、

すなわちそれ1個でメガネ10個分の価値を持っている・・・でもつけてるロボはめったにいない。

 

「じゃあ、ボーナスでメイドロボもう1体買おうかなあ」 

「最後の一体になりますわね」 

「おともだちがふえるのぉ〜?」 

 

最後の一体、そう、これは条例で決まっている、 

メイドロボ条例「メイドロボは1人5体まで、同じメーカーから2体購入してはならない。 

(同タイプ・同系統のメイドロイドが同じマスターの下にいた場合、

数多くのバグ・トラブルが開発中に判明したため)」

よってご主人様が買えるメイドロボはあと一体となる。 

 

「丁度新しいカタログが届いたんだよなー、えーっと・・・」 

 

パラパラとカタログをめくるご主人様、 

それを覗き込むルージュとミュウ。 

 

「ミクロソフトの外人金髪女性型メイドロボ『ヴィーナス』・・・ちょっと大きすぎるかな」

「MUJITSUの『マイティ』は人魚をイメージしているようですわね」 

「バンザイのぉ〜『メモリー』ってぇ、オタク女性型ですってぇ〜、きゃははぁ〜」

「パラソニックの『スリーオーディー』・・・パラソニックとナチョラルってどう違うの?」 

「同じ梅下電気グループですが、パラソニックは最先端技術の開発を、 

ナチョラルは既存技術の応用を行っていますわ、わかりやすく言えば、 

最先端メイドロボの開発はパラソニック、掃除機ロボや冷蔵庫はナチュラルとなります」

「SKNのぉ〜『アルシオン』は格闘型ですってぇ、鉄アレイ持ってるぅ〜」

「本当だ、ページが進むとどんどんマニアックになってる、ミュウちゃんを過ぎたあたりから・・・」

 

・・・ご主人様が新型メイドロボを買ってしまわれたら、

私の立場はさらに悪くなってしまう、このままでは本当に、 

物置に「収納」されてしまいかねない、収納される事はメイドロボには死ぬよりつらい・・・

 

メイドロボ条例「メイドロボはマスターが死亡した場合、

そこではじめて電源が切られ、マスターとともに埋葬される。 

これはマスターの意志とは関係なく実施されなくてはならない」

 

ご主人様が亡くなるまで電源の切られることのないメイドロボは、 

不要になると物置に仕まわれてしまう、そうなってしまうと、 

意識がはっきりしたまま休眠体制になり身動きひとつできず、ただただ無の時間を過ごすことになる、

ご主人様に仕えるべきメイドロボにとってはそれは地獄以外の何物でもない、

まだご主人様に何かしようとできる今の状態の方がよっぽどまし・・・でも、このままでは・・・・・

 

「どれにしようかなー、わくわくしてきた」 

「ルージュといたしましては、私と同じ大人タイプの方が嬉しいですわ、話が合いそうですから」

「んっとねぇ〜、ミュウはぁ〜、おもしろいひとがいいのぉ〜」 

「大人でおもしろいっていうと・・・この女マジシャンタイプとか?」 

「良いですわね、アミックス製の『テンコー2』ちなみに1は男性タイプですわ」

「きゃはぁ〜、男性タイプぅ〜?ご主人様ぁ〜、そういう趣味ぃ〜?」 

「ば、馬鹿!何を勝手に・・・でもメイドロボってどうして黒や茶色の髪がいないの?」

「そう決まっているからですわ、人間と区別するためです」 

「へー」 

 

メイドロボ条例

「メイドロボは人間と区別するために髪の色を黒、

または黒に近い色にしてはならない。

(現在認可されている色・ピンク、ブルー、オレンジ、ホワイト、

クリアブルー、ゴールド、シルバー、レッド、イエロー、グリーン)」

 

「迷うなー・・・そうだ、キスティにも聞いてこよう」 

「今ねぇ〜、キッチンにいるよぉ〜、呼んでくるぅ〜?」 

「夕食の支度の最中ですわ、呼び付けてもかまわないと思いますが?」

「いいよいいよ、聞いてくる聞いてくる!」 

「はぁ〜い、いってらっしゃぁ〜い」 

 

カタログを手にキッチンの方へ出て行くご主人様、 

足音が聞こえなくなったと同時に私はルージュとミュウに、

慣れない、少し強い口調で問い掛けた。 

 

「ちょ、ちょっと、いいの?これ以上、メイドロボが増えても!」 

「あら、どうなさったのかしら?珍しく興奮なさって」 

「お友達がぁ増えるのはぁ嬉しいですぅ〜」 

 

フフンという感じの毅然とした表情で私を見るルージュと、 

あいかわらず能天気な笑みのミュウ・・・ 

 

「わかってるの?ご主人様を、取られるかもしれないのよ?」 

「そうですわね、ライバルは多い方が張り合いがありますわ」 

「ミュウがんばるぅ〜、新しいお友達とも一緒にぃ、ご主人様のお世話するぅ〜」

 

私の体内温度が自然に熱くなってくる。 

 

「みすみすライバルを増やさなくてもいいじゃない!」 

「でもマスターにとっては尽くしてくれる方が増えるのはいいことですわ」 

「そうですぅ〜、ご主人様が第一ですぅ〜」 

「だ、だからって・・・」 

「それに、私はみすみす負けるつもりはありませんわ、自信がありますもの」

「ミュウだってぇ〜、頑張ったんだよぉ、これからも頑張るぅ〜」 

「だって、だって・・・・・」 

 

言葉に詰まる私に、 

ルージュが冷静かつ冷淡な言葉を放つ。

 

「まあ、もうすでに負けてしまったメイドロボにとっては残酷な結果になるかもしれませんど、

私たちはこうやって切磋琢磨・また協力することでマスターにより高いレベルで尽くすことができますのよ、

ティア、あなたの言ってることははっきり言って自分勝手ですわ、メイド失格ですわね」 

 

あいかわらず酷い、 

しかし間違ってはいないルージュの言葉・・・

確かに私の言葉はそれだけ精神的余裕がない、

という事をさらけ出してしまったのね・・・ 

目頭が熱くなってきた・・・涙が・・・こぼれちゃう・・・ 

 

「だから私に勝てませんのよ、ティア」

「あ〜、ティア、泣いてるのぉ〜?」 

「・・・・・ぅぐっ・・・」 

 

廊下に飛び出そうと思った瞬間、 

足跡が近づいてくる、これはご主人様の・・・ 

いけない!涙を見られて余計な心配をかけては・・・ 

あわてて涙を拭いて何事もなかったように、 

元の、ご主人様と少し距離を置いた場所に座る。

 

「あらマスター、キスティはどうでしたの?」 

「それが、ゲームの対戦相手として燃えるメイドロボがいいって」 

「キスティらしぃですぅ〜」 

「そうだ!ティア、ティアはどれがいい?」 

「え?あ、そのっ・・・」 

 

わ、私にご主人様がお声を・・・! 

どうしよう、どう答えるべきか・・・ 

正直な気持ちを言う訳にもいかないし・・・・・ 

 

「その、お、おとなしい方が・・・」 

「おとなしい?・・・物静かな感じ?令嬢タイプとか」

「そ、そうですね、そういったタイプが・・・」 

「うーん、本当に迷っちゃうなー、どれにしようかな・・・」 

「・・・も、もう少しお待ちになられると、もっと高性能なメイドロボが開発されるかと」

 

と、私が言った直後、 

スッとご主人様の首に腕をかけるルージュ。 

 

「あら、買いたい時が買い時ですわよ、昔からそうですわ、 

100年前から機械やロボはほぼ毎日進化してますの、 

待っていてはきりがなく、何十年も買いそびれてしまいますわよ、 

そのために私たちにはヴァージョンアップ機能があるんですし・・・ 

1日、1分1秒でも、マスターにとって、より楽しい時間を増やした方が有意義ですわ」

 

説得力のあるルージュの言葉・・・ 

 

「そうだね、じゃあボーナスが入ったらすぐ買うよ」 

「それが良いですわ」 

「楽しみですぅ〜」

 

廊下から軽やかな足音が近づいてくる、これはキスティの足音。 

 

「マスター♪夕飯できたよー♪」 

 

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