時計が9時25分を指したと同時に、

すっくと立ち上がるルージュ・・・ 

 

「マスター、そろそろ時間ですわ」 

「やった!やっと勝った!まず1勝!」 

「はやーい♪さすがマスター♪」

「もう1回しよう、もう1回だけ!」 

「・・・マ・ス・タ・ア!」 

 

少し怒った口調のルージュにビクッとするご主人様。 

 

「あ・・・あといっか・・・い・・・」 

「もう行った方がいいよーマスター♪」 

「そ、そうだね、ルージュ怒らせると・・・恐いから・・・」

 

コントローラーを置いて立ち上がるご主人様、 

ルージュは厳しい表情から一転、にこにこと微笑む・・・ 

そこへミュウちゃんがオシボリを持って駆けてきた。 

 

「はぁ〜い、ごしゅじんさまぁ〜、手をふいてくださぁ〜い」 

「ありがとう、なでなで」 

「えへへへへへぇ〜〜〜」 

 

・・・メイド服の中から取り出そうとしていたハンカチをくしゃっ、と丸める私、

いけない、気を落ち着かせなくっちゃ、ミュウちゃんは何も悪くないんだし、 

第一、私の悔しがっている感情をご主人様に気づかれてしまっては、

よけいな気苦労をかけてしまう事にもなりかねない・・・ 

私はただ立ったまま、見てもらえない笑顔をご主人様に振りまく。 

 

・・・・・ご主人様は決して悪くない、 

私が、私のがんばりが足らなかったばかりに・・・ 

と後悔するのもこれで何千回目かしら、きりがないのに・・・

何もする事のない私はこうして落ち込んだり後悔「すること」で、 

一筋の光を見出そうとする、百万回探せば見つかるかもしれない光を・・・ 

 

「さーて、講義受けようっと」 

「先週の内容は覚えてらっしゃいますか?日本が最後に戦争をしたあたりですが・・・」

「ごしゅじんさまぁ〜、ミュウはぁ〜、お買い物行ってくるのぉ〜」 

「んー、キスティはお庭の芝を刈ってるねー」

「・・・・・」 

 

部屋を出て行くご主人様と3人の優秀メイドロボ、 

そして静かになった空間に取り残された私・・・することはない。

・・・・・そっとご主人様が座っていた場所にしゃがみ、

絨毯に手を当ててまだ残る温もりを感じる、ご主人様の温もり・・・

最近はご主人様に触れる事すらめったになくなってしまった・・・・・

 

こうなりはじめたばかりの頃、 

4年前に続々と新型メイドロボを購入されて、

私の仕事がなくなってしまった最初の頃は、 

ご主人様は私にかなり気を使って、

無理にでも仕事を与えてくださった・・・ 

 

しかしそれは他の新型メイドロボの嫉妬を呼び、 

ルージュ、ミュウ、キスティは必死になって仕事をこなし、 

また、ご主人様に気に入られようと持てる限りの最新の特徴を前面に出して、

ご主人様の心を奪っていった・・・逆にそれでも仕事をくださるご主人様に、 

私は申し訳ない気持ちになり、次第に身を引くようになってしまったわ・・・

 

もちろん、身を引くといっても仕事を放棄するという訳ではなく、 

あくまでもフェアに、公平にしていただきたいとお願いしたわ、 

だって、ご主人様に気を使わしてはメイドロボ失格ですもの・・・ 

少しでもご主人様にはよけいな心配をかけたくない、だから、 

ひいき無しに私たち4人に任せていただきたいと・・・その結果、こうなってしまった・・・

 

「・・・んっ・・・んぐっ・・・・・」 

 

涙をこぼさないように立ち上がって上を向く、 

眼鏡を外してメイド服の袖で目を拭いて・・・ 

窓から外を見るとキスティがまるでゲームのように芝を刈っている。

 

「・・・・・うらやましい、あんなに楽しそうに・・・」 

 

そう、競争に負けたのは私の原因、 

性能の差があったとはいえ、私の方が先にいたんだし、

ヴァージョンアップしていただけるチャンスも1年分多かった、

にもかかわらず性能でも、ご主人様の心の奪い合いでも、 

あまりにも大きく差をつけられすぎてしまったのは、私が努力不足だったから・・・

 

私の持つ「やさしさ」が、甘さになってしまったのかもしれない、

そもそも「やさしさ」にもいろいろあるはず、そのいろんな種類の中で、 

私の中の「やさしさ」は、ひょっとしたら単なる足かせにしかすぎないのかもしれない、

もちろん「やさしさ」に私は誇りを持っているし、それを捨てる気はないけれど、 

みんなの「やさしさ」他のメイドロボの持つ方が、より高性能なやさしさなのかもしれない。

 

ルージュの持つ、時には突き放すやさしさ・・・ 

キスティの持つ、友達として、恋人としてのやさしさ・・・ 

ミュウの持つ、ご主人様自体をやさしくさせる言葉、行動・・・ 

 

・・・私のやさしさは、心のやさしさ・・・ 

そうとしか言い表せない、あえて言うならじっとしている、 

ご主人様を邪魔しないやさしさ・・・!? 

 

「・・・それで良い訳がないのに」 

 

自分にそう言い聞かせ、 

ご主人様のいる勉強部屋へ向かう、 

私にだって講義を解説する能力は持っているんだから!

 

 

 

「うわー、ルージュ、これ本当に昔の日本?」 

「そうですわ、100年前の東京、通勤ラッシュという現象ですの」 

「こんなに人がいたんだ、あんなにぎゅうぎゅうになって・・・」 

 

テレビの資料VTRに見入るご主人様と、 

その横で的確に解説をしているルージュ、 

見ているのは西暦2000年頃の歴史の講義。

 

「これだけ人がいたのに、一気に減っちゃったんだね」

「はい、この頃から人間自体が弱くなりはじめたのですわ」 

「環境ホルモンと遺伝子治療と・・・あと原因は何だっけ?」 

「公害、オゾン層破壊、電磁波障害、機械依存などもあります」 

「それに結婚率の低下、産む子供の数の減少が追い討ちをかけたんだよね」 

 

・・・私が口を挟む隙はないようね、 

そう、100年前から人口は急激に減っていき、 

今では日本の総人口は500万人程度しかない。 

 

「でも今のベビーブームが続けばまた賑やかになるのかなあ」

「そうですわね、120年ぶりのベビーブームですもの」

「この映像ほどじゃなくても、倍以上になればいいなあ」 

「そうなるといいですわね、それに、そのために私どもが造られたようなものですもの」

「うーん、もっとたくさんの人に会ってみたいなあ」 

「ふふ、マスターのような優秀な方が増えれば夢じゃありませんわ」 

「優秀っていってもなー、5年で子供がまだ10人だから・・・」 

 

5年で10人、ご主人様のこの成果はかなり優秀な方に入る、 

現在、人間同士の性行為で子供が生まれる可能性はほとんどなく、 

30年前より人工受精が一般的になった、それでも子供は減る一方、生まれるのは女の子ばかり。

原因を追求していくと、精子・卵子は人間本人の感情により、 

その受精率が変化する事が解明される、そなわち機械的に出した精子では、 

人工受精を試みても活発な動きはできないということである、これはもちろん、

精子本体の力が弱くなってしまったことも原因にあるんだけど・・・ 

 

人間同士の性交では弱くて繁殖できず、 

機械的な人工受精では精子・卵子自体の能力が弱くなってしまう。 

頭を抱えた政府・医学学会はひとつの結論に達した、それは・・・ 

 

「それでは機械と性交すればいいのではないか」

 

でも人間はとてもデリケートで、 

自慰行為用の機械で出した精液では、 

やはり思うような結果は出なかった、そこで、 

政府はアンドロイドの開発をしている企業へ援助し、 

1日もはやく完成を急がせた、それもただのロボではなく、 

人間と性行を行ない、男性から最高の感情の精子を吸い取り、 

女性には最高の感情で受精させるアンドロイドを・・・ 

 

こうして2091年に開発されたロボットは、 

アンドロイド技術をいつも1歩前に出て開発していた、 

我が社・SOMYの製品だった、仕組みはこう。 

 

女性型アンドロイドが男性から精液を受け取ると、 

その精子データは本社に送られ解析される、 

そしてその精子が最も受精しやすい女性を、 

すでに女性と性交した男性型アンドロイドたちのデータから選び、 

本社を挟んで転送して男性型アンドロイドの中へ移し、 

人間の女性の体内へ注いで妊娠させるという方法である。 

 

しかし、これにはさまざまな議論を呼んだ、 

ネット社会が進み仕事がほとんど自宅でできる今、 

ただでさえ人と人が触合わなくなった世の中で、 

結婚率が異常に少ないのにこのようなアンドロイドが出ては、 

人は結婚しなくなるのではないか、そもそも機械を相手に性交するのはどうか、 

アンドロイドの人権というものはどうなるのか、100年以上アンドロイドの開発がうまくいかなかった現状で、 

そんなにすぐに実用化して安全性は計れるのか、などなどなど・・・  

 

しかし最終的には「これを実行しなければ人類は滅びる」という結論となり、 

結婚制度自体の廃止を視野に入れ、アンドロイドロボは4年のテスト期間をへて、 

2095年、ついに発売される事となった、それがこの私、メイドロボ「ティアラ」。 

 

発売されたアンドロイドは表向きは「メイドロボ」となっている、 

それは人間の生殖能力が危機的になった今もなお「青少年の健全育成」 

を主張する団体を刺激しないためと、アンドロイドが人間よりも、 

上の立場に立って人間が機械に支配されるという未来を危惧したため、 

「メイド」という位置づけにより「あくまで使っているのは人間」というのを明確にするのと、 

メイドという仕事によりご主人となる人間が「尽くされる」事により感情移入しやすく、 

愛を芽生えやすくするためである、その狙いは大正解といえるでしょう。 

 

発売当初、メイドロボ「ティアラ」は飛ぶように売れた、

少々、初期ロットにバグが出て暴走したりしたものの、 

人間はは最高のパートナーを手に入れ喜び、 

メイドロボは沢山の精子を男性から受け取り、 

女性に受胎させていった、それが約120年ぶりのベビーブーム。

 

とはいえ30歳以下の人間の比率は男性0、5、女性9、5。

精子の量は慢性的に足りず、妊娠させる事ができても、

人間自体の弱さからあいかわらず生まれるのは女の子ばかり。 

人類が再び増えるにはまだまだ足りない、 

そんなタイミングで「ティアラ」発売から約1年後、 

我が社・SOMYのライバル会社から次々と新型メイドロボが発売された、 

人口を一刻でも早く増やしたい政府がSOMYのアンドロイド作成ノウハウやデータを、 

全て公表してしまったから・・・とうぜん後発のメイドロボは私より格段に優れていた。 

 

それが、ルージュ、ミュウ、キスティ・・・・・

 

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