「ごうちそうさま、ルージュ、すごくおいしかったよ」 

「うれしいですわ、マスター」 

「ぢゃぁ〜、おひるはミュウがつくるぅ〜」 

「夕飯はキスティに任せてね♪」 

「はは、じゃあお願いしようかな」 

 

嗚呼・・・ 

スケジュールから「昼食の支度」「夕食の支度」も消えた・・・ 

今日こそは私に作らせていただこうと思っていたのに、言おうと思った直後に・・・

 

「マスター、少し横になられます?」 

「てれびでぇ〜、朝の占いやってますよぉ〜」 

「朝のお風呂もサッパリするよ♪」 

 

私も何か言わなきゃ 

 

「あの・・・えっと・・・」 

「お風呂にするよ」 

「はい♪じゃあキスティが洗ってあげるね♪」 

 

あああ・・・ 

ご主人様がお風呂を選ぶであろう事を予測し、 

お風呂でしたら私が洗ってさしあげますよ、と言おうと思ったのに・・・

キスティに1歩早く言われてしまった・・・また先を・・・

推測は当たってたのに・・・ああ、もどかしい・・・悔しい・・・・・ 

 

仲むつまじくバスルームへ行くキスティとご主人様、

それをうらめしく見送る私・・・あと少し回路が速く動けばあのとなりにいるのは・・・

と、気がつくとルージュが食器を片づけ洗いはじめている、

ミュウちゃんは勉強部屋の方へ・・・きっと今日のテレビ大学の講義の準備をしに・・・

いつもこう・・・ことごとくお仕事を先に奪われてしまって、私は・・・私は・・・

 

「ティア、邪魔よ、そこに立ってると私が気分よく食器を洗えないじゃないの」 

「ご、ごめんなさい・・・ルージュさん、その・・」 

「まったくあいかわらずトロいんだから、ロボメイド法がなかったらアナタなんて今頃スクラップよ」

 

ロボメイド法・・・ 

『メイドロボの破棄・譲渡は許されない

(メイドロボには最低限の人権も保証するものとする、 

親戚・友人であっても譲渡はできず、中古販売は厳しく罰せられる、 

壊す事はもちろん、電源を切る行為も決してやってはならない)』

 

いっそのことスクラップになった方が楽だわ・・・ 

それぐらいつらい・・・こう毎日、お仕事を奪われて・・・ 

私にプログラムされた「仕える喜び」が感じられないのなら・・・私の存在意義は・・・

 

「無駄に電気食うんだからじっとしてもらうのは歓迎だけど、 

どうせなら物置の一番奥でじっとしててもらえない? 

マスターにとっては何の差し支えもありませんわよ」 

 

ひどい・・・ 

ルージュは私にあいかわらずひどい事を言う・・・ 

ご主人様が絶対に聞こえない時に・・・でも、その意見は間違っては・・・・・

 

「う・・う・・・」 

 

駄目、ルージュの前で泣いちゃ・・・ 

私は逃げるように廊下へ飛び出す、 

ああ・・・私のハードディスクにまた、重苦しい悲しみのデータが・・・ 

 

涙で眼鏡が曇る、

階段に座り込む私・・・ 

床に涙のしずくがぽたぽたとこぼれる・・・拭かなきゃ・・・ 

 

ガーガーガー

 

オートモードのMONDA製ネズミ型掃除ロボがやってきて、 

床の涙を素早くきれいに拭き取っていく・・・・・ 

こんな、こんな、感情のない小さなロボットにまで仕事を奪われた・・・ 

 

「・・・あなたはいいわね、ちゃんとしたお仕事ができて・・・」 

 

私はこのロボットよりも下の立場にいることになる・・・ 

しかも私は自らの涙で、このロボットの仕事を増やしてしまったことになる、 

感情のない掃除ロボの、足を引っ張っているようなもの・・・本当に私は役立たずだわ・・・

昔はこうじゃなかった、4年前までは・・・でも、あの高性能メイドロボが来てからは・・・

私は次々と仕事を奪われ、前に仕事をしたのはどのくらい前か・・・とデータを引き出そうとしてやめた。

 

くよくよしてても仕方がない、 

無駄とはわかっていても、ご主人様の側にいないと・・・

私の中にあるスケジュールを実行「しようとする」ことだけが、 

今の私の自我を保っているといっても過言ではないのだから・・・ 

次のお仕事は「お風呂あがりのご主人様に牛乳を持っていく」あと40秒であがる頃だわ・・・

 

キッチンへ戻るとそこにルージュの姿はもうない、 

よかった・・・と冷蔵庫を開けると、牛乳もそこにはなかった・・・

こうして私のスケジュールはまた増えては実行されずに消え、を繰り返す・・・・・

 

それでもご主人様の顔を見たくなった私はバスルームへと向かう、 

すると中からご主人様と他3人のメイドロボの楽しそうな声が聞こえてきた。 

 

「へー、ミュウってそんなドジな所があるんだー」 

「はぁい、ミュウ、びっくりしちゃいましたぁ〜」 

「うふふ、ミュウがいくら小型軽量だからって、木に登ったらそれは落ちますわ」 

「でも仔猫は無事だったんだよね?えらいえらい♪あ、マスター、はいパンツ」 

 

覗くとミュウがご主人様の体を拭き、 

ルージュがご主人様の髪にドライアーをかけ、 

キスティが下着を着せている・・・私のする事はない。 

 

「そそっかしいなあ、木が折れそうが事は予測できなかったの?」 

「それがぁ〜、ミュウねぇ〜、仔猫ちゃんを助けることでいっぱいでぇ〜・・・」 

 

嘘ばっかり・・・ 

ミュウちゃん、すなわちMEC製メイドロボ「ハニィ」は、 

こういうお茶目で愛くるしい動作をもっとも得意としている・・・ 

ドジでいぢらしい行動は全てプログラムされた計算によるもので、 

こういうミスをすればご主人様になぐさめてもらえる、愛でてもらえるという行動であり、

ご主人様もそういう動作を見ることで微笑ましく思い、心が癒され満たされていく・・・・・

 

よってミュウちゃんは愛玩ロボの要素も持っており、 

それはメイドロボとしては一つの大きな武器となる、 

ご主人様がかまってあげられずにはいられない言動・行動が、

マニアックタイプのメイドロボで有名なMEC製品の魅力・・・

私にはそんな能力はない・・・真似しようとしてできるものではない・・・ 

 

「さあマスター、もう8時ですわ、出ましょう」 

「ミュウはお風呂洗っておくねぇ〜」 

「じゃあキスティはマスターのパジャマ洗濯するね」 

 

ルージュがご主人様を連れて出てきた、 

うまく計算してご主人様から私の姿がルージュの体で見えないように・・・

そして居間の方へと入っていった・・・・・ 

バスルームではミュウちゃんがお風呂の掃除、 

キスティがご主人様のパジャマといつのまにか寝室のシーツなどを洗っている・・・

 

「あの、ミュウちゃん、キスティでもいいんだけど、その・・・今やってるお仕事代わってもらえないかしら?」

「え〜、ミュウがするのぉ〜」

「ティアもくつろいでていいよー」 

 

・・・そうよね、 

メイドロボはご主人様に尽くす、 

お仕事をすることが最大の喜び、 

譲ってもらえる訳がない・・・わかってはいたけれど・・・

くつろいででいいだなんて・・・私に何もするなっていう屈辱的な言葉・・・

 

居間へ行くとルージュがご主人様を膝枕し、 

耳掃除をしている・・・とても気持ちよさそうなご主人様・・・ 

大人の色気あふれるルージュは体からご主人様を落ち着かせる匂いを僅かながら放っている・・・

私は4年前もよく膝枕してさしあげたけれど、そんな機能は備わっていない、 

ヴァージョンアップをしていただければつけられるんでしょうけれども・・・・・

 

「9時半からはテレビ大学の講義ですわ、まずは歴史から・・・」 

「うーん、さぼりたいな・・・」 

「いけませんわ、大切な講義です、私がきちんと解説いたしますから・・・」 

「でも、今日は半日ぐらいゆっくりしてたいよ」 

「そんな・・・そんな、私の説明では到らないのですね?うう・・・」 

「ル、ルージュ!何も泣かなくても・・・わ、わかったよ、行くよ!」 

「ありがとうございます、マスター!」 

 

ルージュはあいかわらずご主人様をうまく操る・・・ 

これもルージュ、すなわちSECA製メイドロボ「クリス」が、

ご主人様に対して「恋人であり保護者でもあり教師でもある」というコンセプトで造られているから・・・

あくまでも主人を甘やかしすぎるのではなく、大人のつきあいをしようとする、究極のメイド・・・

場合によりしっかり叱る教育係としての機能はさすがである、しかも鞭のあとの飴も忘れない。 

 

大人の色気でご主人様を虜にし、正しい人間に教育していく要素は、 

ご主人様にとって本当に高いレベルでのメイドの仕事なのである、 

時には娼婦のように誘惑し、時には母親よりも甘くあまえさせる・・・ 

これが大人タイプのメイドロボで有名なSECA製品の魅力・・・ 

今の私にはとうてい太刀打ちできない・・・真似しようとしてできるものではない・・・

 

「マスター♪時間まで一緒に遊ぼう♪」 

 

キスティがやってきた、 

もうご主人様のパジャマやシーツのお洗濯を終えたのね・・・ 

耳そうじが丁度終わった頃合いに、ご主人様の顔を笑顔で覗く。 

そして胸元から1枚のCD−ROMを取り出して・・・ 

 

「じゃーん♪天仁堂スマッシュシスターズ、今日発売♪」 

「あ!買っといてくれたんだ!」 

「もちろん♪マスター欲しがってたもーん♪する?」 

「するするする!よーし、負けないからなー!」 

「キスティだって容赦しないよ♪」

 

ルージュの膝から飛び起き、 

テレビの前でキスティと寄り添うご主人様、 

画面いっぱいに「tenjindo」の文字が・・・ 

キスティの製造元はそもそもゲーム会社という事もあって、 

非常に質を重視したTVゲームを発売している、発売されるのは2ヶ月に1度であるが、

その長い期間を待たせてじゅうぶん補えるほどの質は、ご主人様を夢中にさせる。

 

私だって、私の製造元もTVゲームでは頂点を極めていた、 

しかし天仁堂とは逆を行く「質より量」の方針は、 

ソフトを毎週10本も発売しているかわりに2週間ほどであきられてしまう、

「短く遊べるものを沢山買う」か「長く遊べるものを厳選する」か、

好みは別れるものの、シェアからいけばいつ、

我が社が天仁堂に抜きかえされてもおかしくない。 

とはいえsomy最新機器の「PS102」は驚くべき高性能なんだけど・・・

 

「えーい、カビチューの細菌アタック♪」 

「うわっ!やられた・・・キスティは強いなー」 

「へへっ、だってマスターに今勝っておかないと、あとですぐ強くなっちゃうんだもん♪」

カ〜ビ〜♪

本当に心の底から楽しそうに遊ぶご主人様とキスティ・・・ 

これがキスティ、すなわち天仁堂製メイドロボ「キスミィ」の真骨頂・・・ 

ご主人様の「完璧な遊び相手」としてのコンセプトを持つがゆえ、 

決して飽きさせる事のない楽しさと美声はまさにアイドルである、 

彼女の透き通ったワインレッドの目で見つめられるとご主人様はもう・・・

 

かつて前世紀、電能遊戯の頂点に立ち基礎を築いてきた老舗らしく、 

独自の娯楽路線で人々の心を捕らえ、楽しませてきた天仁堂の技術、 

その路線はメイドロボでも受け継がれ、最大の特徴である、

「主人の遊び相手」能力はまさに世界一・・・最高の「友達・恋人」・・・ 

もちろん基本となる、メイドとしての能力も完璧にこなせられる。 

 

私だって遊び相手はできるのに・・・ 

私のところへ来る最新ゲームだって負けてないのに・・・ 

いかにゲームソフトが面白くても、それをご主人様にすすめる時点でキスティには負けてしまう、

それもキスティのしつこくなく、だからといってどこか行ってしまうのでもなく、 

丁度良い具合に計算してご主人様と距離を置くいじらしさの計算のなせる技・・・ 

ご主人様の心理を全てデータ化・分析し主人の心をガッチリ鷲づかみにする技術は、

キスティ自身がそれをテレビゲームのように楽しんでいるようにも思える、 

私にはそんな技術や処理能力はない・・・計算よりも心で触れ合いたい・・・・・

 

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