「・・・・・スロトはまだか!」

 

・・・いかん、いくら声を張り上げても来ぬものは来ぬ・・・

しかしいらいらする、相手がスロトであるから・・・というのは置いてもだ、

おかしな胸騒ぎがしてたまらぬ、嗚呼、こんな時、傍らにあのお方がいてくだされば・・・!!

 

「ララ、何を驚いておる」

「はい、いつものハプニカ様とは別人のようでしたので」

「・・・・・そうか?リリもそう思うか」

「はいー、いつもの冷静沈着ぶりとは見違えてー・・」

「ルルもか」

「いつもは涼しい顔しているはずなのに・・・こんなの、戦(いくさ)以来です」

「やはりか・・・」

 

どうやらあのお方がこの国へ来てから、

私は脆くなってしまったのかも知れぬ、やはり私とて、女だ。

 

「おい、剣をよこせ」

 

ララから受け取ると上へあがる階段へ・・・

屋上へ出た、ここからだと闘技場の中が見下ろせる。

警備のためにいた衛兵が驚いているようだ、屋上などまず来ぬからな。

 

「気にするな」

 

衛兵をいさめ、ある程度広さのある所へ立つ、

ここは飛竜が離着陸する所・・・さて・・・私は剣を構える。

 

「・・・・・ハッ!ハァッ!!」

 

ぶん!ぶんっ!!

 

力を込めて素振りを始める、

何度も、何度も、何度も何度も何度も・・・

こうでもして発散せねば、落ち着かぬわ!!

 

ぶんぶんぶんっ!!

 

「ハーッ!ハッ!ハーーッ!!」

 

・・・振り乱した髪に剣がかかり、

ぱらぱら、と数本の髪が切れて落ちる・・・

・・・・・こうなったら衛兵相手に稽古でもつけるか?

 

「ハプニカ様」

「どうしたララ」

「スロト様がお越しに」

「待っておったぞ!」

「剣は私が」

 

・・・良かった、

あのままなら衛兵相手に怪我させてもおかしくなかった。

さあスロトよ、私の胸騒ぎを解決してくれるのだろうな!?

 

 

 

「おお!ハプニカ様、調べてまいりましたぞ」

「それで、不穏な動きとは、何だ!?」

「それが・・・やはりハプニカ様の御命を狙っているようで、ウッホン」

 

・・・・・やはりそうか。

 

「それは・・・奴だな?」

「はっ、あのトレオとやらが・・・これを・・・」

「申込書か・・なになに・・・名前、トレオ・・性別、男・・・」

「それだけしか書かれていないという、不自然きまわりない・・」

「なぜこのような男を参加させた!?」

 

汗を拭くスロト。

 

「それが・・・どうやら予選1回戦から参加したようで」

「ばかな!そんな事、ありえまい!」

「ですから・・・・・魔の者かと」

 

・・・・・魔物か。

 

「その根拠は」

「このような不備きまわりない書類で参加できたこと・・」

「うむ、国民しか参加できぬはずだからな」

「おそらく魔の力を使って騙したに違いありませぬ」

「後は?」

 

それだけではあるまい。

 

「決定的なのは・・・あのお方がおっしゃっておりましたゆえに」

「それは誠か!?」

「ウホン、ええ・・・トレオは間違いなく『魔』に違いない、と」

「なら、なぜ放っておく!?」

「それは・・・・・あのお方の考えゆえ、よくわかりませぬが・・・」

 

いくら魔物とはいえ、あのお方なら簡単に倒せるはずだ。

 

「もうよい、では私が直に・・・」

「やや!なりませぬ!あのお方から言付けがありますゆえ」

「なんだ!話せ!申してみろ!」

「ウオッホン・・・『こちらの事は俺に任せて欲しい、

助けを借りずやり遂げたその時、ハプニカ様と胸を張って結ばれる』と」

「・・・・・そう・・・か」

 

胸が熱くなる、

じわっと涙が・・・

いかん、スロトの前だ、我慢せねば。

 

「・・・・・わかった、そうとあれば、一切手出しはせぬ」

「それが良いかと・・・では私は情報をさらに仕入れますゆえ」

「うむ、そなたの状況経過報告だけが頼りだ、頼んだぞ」

「ではひとまずこれにて・・・ウッホン」

「ああ・・・スロトよ・・・あのお方を・・・・・頼む」

 

スロトが去り、一気に全身の力が抜ける。

 

「・・・・・ふぅ、ララよ、どう思う」

「はい、自ら国王としてやっていけるかどうか、試していらっしゃるのかと」

「だな、あのお方らしい・・・国王として考えたうえでの行動なら、魔を泳がせているのにも訳があるのだろう」

「・・・・・でもー、少しおかしい所がー・・・」

「なんだリリ、どうした」

「魔王は大戦で滅ぼしましたー、だとすればー・・・動力源はどこでしょうかー」

「・・・そう言われてみたらそうだな、新たに復活した訳でもあるまい、なあルル」

「そうなると、生き残り、っていう可能性しかありませんが・・・」

 

・・・・・こういう事はミルに聞きたいが、今頃はレンと一緒に食事であろう。

 

「・・・・・・・そうか、思い出したぞ」

「どういたしましたか?」

「ララ、思い出した、私は腹が空いておる」

「・・・用意いたしますわ」

「頼んだ、急いで欲しい」

 

あのお方の行動を待つしかないか・・・

これは私も試されているような気がする、

本当にあのお方を信じて、待ち続ける事ができるかどうか・・・

后となるには忍耐も必要だ、私があのお方を助けたいと手出しをすれば、

私にあのお方へ対しての信頼が無いという事になる、ここはじっと我慢であるな。

 

ぎゅるる〜〜〜〜・・・

 

「・・・腹のほうは我慢できぬようだ」

 

 

 

丁寧に用意されたランチを食す・・・

親衛隊が作った物なうえ味見済みだから毒の心配は無い。

レンもミルが注意しているから大丈夫であろうが、そうなると・・・

 

「あのお方は・・・ちゃんと食事をとっておられるのだろうか」

 

うまくレンやミルと共に食事をしているといいが・・・

そもそもあのお方が稽古をつけている戦士は誰なのであろうか?

トーナメント表をまじまじと見る・・・う〜ん・・・検討がつかぬが・・・

ん?・・・・・トレオの次の相手はヴェルヴィか、ふむ、これなら安心かも知れぬな、

優勝候補筆頭のレンはさて置き、2番手争いのヴェルヴィが相手なら、いかに魔物といえど・・・

 

「・・・・・もしヴェルヴィがやられるなら、これは只事では無いということだ」

 

只事ではなかった場合・・・あのお方は命懸けで動いておられるに違いない。

昼食を食べる暇などなく、影に隠れて簡単なパンで済ませているのではないか・・・

大戦の移動中、食料が少なく1つのパンを親衛隊やミルと1口ずつ分けあったのを思い出した。

 

「・・・・・食が通らぬ、ララ、下げて欲しい」

「よろしいのですか?お腹が空いてらしたのに」

「あのお方が心配になって、急に食べられなくなった」

「・・・でしたら、食すのがあのお方のためかと。あのお方に何かあったときにハプニカ様が・・・」

「そうか・・・そうだな、あのお方と一緒に闘うこととなった時、空腹で力が鈍ると困るな」

 

思い直し、食事を続ける。

本当に頼もしいララ、そして親衛隊だ、

私の言う事を何でも聞くという訳ではなく、

遠慮なく忠告や意見を言ってくれ、間違いだと思ったことは指摘してくれる。

いつもペコペコしているスロトとは大違いだ、私もあのお方と一緒になったらイエスマンにだけはなるまい。

 

「・・・では急いで食べるとしよう」

 

3回戦は午後1時からだ、

それが終わり、ヴェルヴィがトレオに勝利していれば、

おそらくもう心配は無いだろう、早くその吉報が欲しい。

 

「おお!ここにおったかハプニカ!」

「・・・なんだ?食事中であるぞ・・・ターレ公爵」

「良い考えが浮かんだのでどうしても伝えに来たかったのだ!」

 

・・・・・衛兵はどうしておるのだ?

易々と通して・・どうせ私のフィアンセだ、と強引に入ってきたのであろう。

 

「ハプニカ!確かこの大会、優勝者にはハプニカ直々に栄誉を称えるのであったな!」

「ああ、それが慣わしゆえ、そうつもりだが」

「そこで、せっかく国民が観ておるのだ、同時に私達の婚姻も発表し、私とハプニカ2人で優勝者を称えようではないか!」

 

またそのような事を・・・

 

「これならば手間も省け、闘技トーナメントも喜びのうちにハッピーエンドとなるぞ!良い考えであろう!」

「・・・・・すまぬが、そういう話は明日にして欲しい」

「なんと!明日ではこの私が考えた、この素晴らしく完璧なアイデアが・・・」

「リリ、ルル、お引取り願ってもらえ」

「はいー」「はい」

 

強引に連れ出されるターレ公爵。

 

「な、なにを・・・ハプニカ!約束は・・・約束が・・・国王との・・・!!」

 

バタンッ!!

 

「・・・・・ふう」

「お食事をお下げしましょうか」

「ああララ、頼む」

 

まったく・・・・

・・・・・しかし、あながち悪い考えでもないぞ?

優勝者へ賞を授ける時、私の隣にあのお方がいて、

国民があれは誰だ?あれはまさか・・・と思っている時に、

このお方こそ実は先の大戦の英雄で私の伴侶となる、と・・・

闘技場で皆が注目している中、言い切ってしまえばあのお方も後ろには退けまい。

多少強引にあのお方との婚姻を事実化してしまう事になるが、なあに、それくらいの背中を押す行為は許してもらえるだろう。

 

「ターレ公爵には悪いが、アイデアだけいただくとしよう」

 

さあ、もうすぐ3回戦だ。

 

 

 

 

 

ゴーーーーーン!!

 

「はじめ!!」

 

眼下ではジュビライ対ジュビライJrの闘いが始まった、

親子対決・・・親子といえど本気で闘っているのが見てとれる、

稽古とは緊迫感が違う。親子の闘い・・・私は父を兄を討った、あの時を思い出した。

 

・・・まだ3ヶ月前の、あの時・・・・・

 

「父上・・・やっと・・やっと戻ってまいりました」

「ハプニカ・・・この親不孝者め!こしゃくな女狐に成り下がりおって」

「なんとでも申してください、私は・・・悪に魂を売った父上を、許さない!」

 

後ろから殺気が!?

 

ガキィン!!

 

「兄者!」

「ハプニカよ!よくぞこの兄と父上をここまで追い詰めた・・しかし、ここまでだ!」

「・・・もうその目は、私の知っている兄者ではないのであるな・・・ならば・・・斬る!!」

 

ガキィッ!ガキンッ!ガッキィーン!!!

 

「フハハッ!ハプニカの動きは全て読めておるわ!」

「くっ・・・やはり・・・強いっ!!」

「お前とは何万回も稽古して、何万回も全て私が勝っているからな!」

 

キィン!ガィーン!ガシャッ!ッキーーンッ!!

 

「余裕、余裕・・・何年お前の兄をやっていたと思っているのだ、あーん?」

「・・・・・・・・・・そこだ!!」

「なにぃっ!?」

 

ズシャッ!!!

 

私の剣が・・・兄者の首を切り裂いた!!

 

ブシューーーーー!!!

 

「ば・・か・・な・・」

 

おびただしく吹き出る血、

膝から落ちてもなお私を見つめる兄者・・・

私はその返り血を浴びながら兄者が生きているうちに言う。

 

「私とて、兄者の手は全て読めていた・・・稽古では首は切れぬ、それだけの話だ」

「ぐぁ・・・ハ・・・プ・・ニ・・・・・」

「私とて・・何年兄者の妹でいたと・・・」

 

バタリと前のめりに倒れ、

血だけが流れ続けるものの動かなくなった、

もう何を言っても意味が無い、聞こえぬのだから・・・

 

「さあ、父上・・・覚悟を」

「ハプニカ・・・兄は切れても・・・父は切れまい」

「・・・できれば降伏していただきたい、ならば牢で私が世話を・・」

「誰が生き恥を晒すか!無礼者め!死んで詫びよ!」

「やはり・・・降伏していただければ、私は父上を許さなくとも、償いの手伝いはできたのに・・・!!」

 

父上に剣を向ける、

暗黒のオーラがぶわっ、と父を覆う・・・

先ほど兄を斬ったようなクリティカルヒットは魔の力で防がれているであろう。

 

「馬鹿な娘よ・・・遅かれ早かれお前も、お前の母のようになると思っていたが・・・」

「・・・1つだけ聞かせて欲しい・・・母を斬った時・・・心にとがめは・・なかったのか?」

「あるわけなかろう!邪魔者は消す!それだけだ!そしてお前も・・・粉砕してくれるわ!!」

 

ビュンッ!!

 

間一髪でよける!

・・・剣をも覆う暗黒のオーラに、

私の髪が焼け焦げる・・・さらに剣がくる!!

 

「ふんっ!ふんっ!ふんぬっ!!」

 

ビュンッ!ビュッ!ビュビュッ!!

 

避けるのが精一杯だ!

一撃でも喰らってしまえば暗黒のオーラにやられてしまう、

剣を交えるのさえ危険・・・何とか、足を止めなくては・・動きを!!

 

「ふはははは、ハプニカよ、お前が何も考えず、感情に任せて突っ込んでくるとはな!」

 

ビュンッ!!

 

「んあっ!!」

「もう少し頭の使える策士だと思っていたが、1人でのこのこ来るとは甘いのう」

「違う!私が・・・私が1人で決着をつけると・・はあっ!!」

 

ガキィン!!

 

私の剣が薙ぎ払われた!!

 

カランカランカラン・・・

 

剣が玉座のほうへ飛ばされ、

私はじりじりと腰を落としたまま壁へ逃げる、

窓の下へ背中をつけると、勝ち誇った父が私を死神の目で見つめる・・・

 

「さあ、この国にたてつく邪魔者を消し去るとしよう」

「父上・・・」

「その首を、城の門に晒してくれるわ!」

 

ゆっくりと剣を振り上げ、

黒いオーラを集中させる・・・

動けない!オーラに押されて、まったく動けぬ!!

歯を食いしばることもできず、ただ悪魔のような父を見上げる私、

その父が冷淡に笑った表情のまま、剣にオーラが宿りきり、握る手に力を入れた、その時!!

 

・・・・・ピカーーーーーッ!!

 

「なにぃっ!?」

「!!!・・・きたか!!」

 

窓から鋭い閃光が飛び込み、

父上の体を吹っ飛ばす!そのまま反対側の壁に激突する!

 

「ぐああっ!!」

 

ドーーーーーン!!

 

ガシャッ!と激しい音と共に壁に大きなひびが入り、

鎧もオーラを帯びた剣さえもボロボロに砕け落ちる!

父上を襲った聖なる白魔法・・・体が自由になった私は立ち上がり窓の外を見る。

 

「ミルよ・・・さすがだ」

 

遥か遠くに見える豆粒のような影、

あれはレンの操縦するペガサスに乗った私の妹・ミル。

私は玉座の下に落ちている自分の剣を拾い上げると父のもとへ歩く・・・

 

「がぁっ・・ば、ばかな・・・」

「父上・・・父上を憎む娘は・・・私1人ではない」

「ぐぁっ!ち・・・力が・・・力があああああ!!」

「ミルの、封印されし伝説の最上級攻撃白魔法・・・これで父上の魔の力は全て消滅した」

「うぐ・・ぐはぁっ!!」

 

血を吐く父上、

あれだけの衝撃と、魔と反発する白魔法の力によって、

体の中の骨や内臓をやられてしまったのであろう、もう助かるまい・・・

 

「ハプニカ・・おのれぇ・・・計ったなぁ!!」

「父上がミルの気配に気付かぬ距離からの一発勝負・・・油断した父上の負けだ」

「おのれ・・・剣を放して窓の下に逃げたのも、全て・・・がはぁっっ!!」

「・・・私だけの力では無い・・・親衛隊のララが距離と位置を双眼鏡で指示し、

レンがミルを乗せ気配を気付かれぬよう慎重にペガサスを操縦し、リリとルルが、

最上攻撃魔法を放ちその反動で吹き飛ばされるレンとミルを空中で回収し助ける・・・

皆の知恵と力が一体になって、父上を倒す事ができたのだ・・・父上・・・覚悟」

「まて・・・お前達娘2人にはすまない事をした、謝る!だ、だから・・・だから・・・」

 

うずくまる父、その瞬間!

 

ザシュッ!!!

 

「ぐぁあああっっ!!」

「父上・・・みっともない」

 

私の剣が父上の腹を横一文字に裂いた!

父上が私に向かって短剣を突き出した直後の出来事・・・!!

 

「せめて私を道連れに、か・・・父上は芯まで魔に腐ってしまったようだな」

「あ”・・・あ”あ”ぁぁぁ・・・」

「父が自ら腹を切らぬから私が斬ったまでだ・・・」

「ぐぁがぁぁあ”あ”あ”!!!」

「父上・・・最後によく覚えておくがよい・・・父上の娘は・・恨みを晴らした娘は・・・・・3人だ」

 

ダダダダダダ・・・

 

「ハプニカ!!」

「・・・セルフか」

「終わった・・・のか!?」

 

ミルの攻撃魔法を合図に駆け上がってきてくれた仲間たち、

その中には私が想いを秘めたる、愛しいあのお方のお姿も・・・!!

 

「・・・う”・・・う”う”・・・・・」

 

上半身だけになってもまだ蠢く父上、

私はその首を無言でスパッ、とはねた。

 

「・・・・・いま、終わった」

 

つーーー、と一筋の涙がながれる・・・

私はそれを、汗をぬぐうように軽く拭き取る。

まだ真の敵、魔王が控えている、こんな所で感傷にふけっている場合ではない。

 

そう、あのお方と生き抜くためにも・・・!!

 

・・・・・・・・・・・

 

「そこまで!勝者・ジュビライ!!」

 

私が回想にふけいっている間に決着がついたようだ、

やはり父が息子に勝ったか・・・無理もない、息子は今日3試合目、

父は初戦、体力的にも差は歴然だ。そう考えるとヴェルヴィも容易く勝てるはず・・・!!

 

「スロトよ・・・早く来るのだ・・・」

 

眼下では自分で倒した息子を抱え上げるジュビライ・・・

それを背に待機の部屋へ戻る、いっそ白竜を呼んでトレオを見に行きたい所だが、

あのお方が待っていて欲しいと言う以上、耐えるしかない・・・あぁ・・・あのお方よ!!

 

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