月や星すらない、別荘からの僅かな灯かりもすぐに届かなくなる。
「何?明日か!?急な話だな、だが、まあ急いではいたが・・・わかった、用意する」
「私を連れて行かぬと申すのか!?では誰と・・・もしや、あのお方のみ!?」
だが、操縦はできなくとも、白竜が責任を持って地上へ送り届けることは可能だろう。
「すなわち、ここであのお方を世話していた間に心を掴めたがどうかという訳か」
ここへ来たい、もしくは私たちにまた会いたい、愛し合いたいと思っていただける事ができたのか・・・
「白竜よ、私に、私たちに、猶予を与えてくれていたのだな、あのお方へ愛を捧げるラストチャンスを」
「わかった、私も心を決め、あのお方を待つことにしよう・・・白竜よ、ありがとう」
明日か、では場合によっては今夜が生涯の別れになるやも知れるのだな、
そうならない事を祈るが、寝室へ戻ってあのお方の寝顔を心に刻ませていただこう。
翌日、愛しいお方は朝食が終わると食料の調達に行きたいと申し出た。
白竜はそれさえ予測していたのだろうか?丁度、ララたちは家事に追われ、
ミルも何やら研究しておる、本来ならば私がついていくべきであるが、ここは白竜に任せなければならない。
そう思うと目頭が熱くなる、だが、賽は投げられた、後は待つしかないのだ。
・・・・・しばらくしたのち、白竜があのお方の前へ降りたようだ、
私は少し隠れながら窓から覗く・・・上に乗った・・・そのまま飛び立ってしまう、
あのお方は少し驚き、戸惑っている様子・・・と同時にバタバタとこちらでも慌しい足音が近づいてきた。
「これはどういった事でしょうか?説明していただきましょう!」
「そうですー、白竜に何をさせたのでしょうかー、ハプニカ様がさせたはずですー」
「あれって単なる遊覧飛行だよね?すぐ戻ってくるよね?ね?ね?ね?」
「どうしてダーリンを1人にしちゃったー?もう1人にさせちゃいけないのにぃー!」
そしてこれに私が絡んでいる事も・・・それもその筈、私がついているべき時間だったからな。
まあ、少ししらばっくれてみるのも面白いかも知れぬが、もう侍従関係ではないゆえ、正直に話そう。
「元々そういう約束だ、時が来たら地上へ送り返すと・・・それを守っただけだ」
「でも、旦那様だけで地上にだなんて、裸で放り出すようなものですわ、なんて無責任なのでしょうか!」
「たとえそのような約束でもー、関係ありませんー、私たちがご主人様についていくのは自由のはずですー」
「今から白竜を呼び戻してよ!まだ間に合うよ!私の大事な亭主を返してよ!ハプニカ様、絶対おかしいよ!」
「ダーリン風邪ひいちゃうー、1人で寂しくなっちゃったらどうするのー?ダーリンここに戻ってくるよねー?」
やはりこの私が4姉妹を裏切ったというショックは大きいようだな、
逆にあのお方を4姉妹から奪った地上での出来事は、想定内といった所か。
まあ私とて城で4姉妹に出し抜かれたのだ、お互い様と言いたいが、そうは取ってはくれぬだろう。
「全てはあのお方の意思次第だ、本当に我々のうち誰か1人でも愛し、求めてくだされば、必ず戻ってくる」
「それはいつでしょうか!?ハプニカ様の予定では、いつ、お戻りになられると踏んでらっしゃるのでしょうか?」
「さあな、今日の夕方かも知れぬし、明日かも、明後日かも、1週間後かも、1ヶ月、いや、1年かも知れぬ」
「それはー、もう戻ってくる事はないという可能性も含まれているという事でしょうかー!?」
「ああ・・・白竜はいつかは必ず戻ってくるであろう、ただ、その背中には誰も乗っていないという事もありえる」
「ひどいよ!せっかくここに来れたのに、せっかく仲良く過ごしてたのに、どうして逃がしちゃうんだよ!」
「それを言えば媚薬で離れられない体にしていたそなた達の方が酷いのではないか?騙していた訳であろう」
「好きだからー、ほんとうに好きだからー、好きってわかってもらうためにぃ、わかってもらう事をしたのぉ」
「レンよ、いや、ララたちもだ、あのお方に本当に愛しているとわかってもらうために、急ぎすぎて強引になってしまったのではないか?」
私とて外堀を埋めるような形で、結婚が、あのお方の王位継承が規定路線のように進めてしまった、その強引さを今は恥じておる。
「今までしてきた事はどうあれ、もう後はあの愛するお方の判断に委ねられた、後は待つだけだ」
「いえ、私は、私たち4姉妹はおとなしく待っているつもりはありません、追いかけますわ」
「パラシュートのようなものを作ってー、夜中にこっそりとー、白竜さんたちにばれないようにー」
「いざとなったら白竜とだって戦うよ、空中では勝ち目は無いかもしれないけど、勝てるまで何度だってやる」
「木の中のぉ、水の流れにのってぇ、木の船をつくってぇ、根元までいけるかなぁ、滝は我慢するぅ」
ララたちがあのお方を本気で、本当に、本心で愛しているのは間違いないであろう。
「落ち着くのだ、ここへきて今まで、あのお方の心にそなたたちの愛が響いておれば、必ず戻ってくる」
「でも最悪の場合は、二度と戻ってこないのですから、ここで寿命尽きるまで朽ち果てるつもりはありませんわ」
「それは心配しなくても良い、もし私の白竜が戻ってこなくとも、ミルの白竜があと10年はすれば自由に操れるようになる」
「10年も経てばー、あのお方はどこかの誰かと結婚なさってー、子供を2・3人は作れてしまいますー」
「仕方がないではないか、そもそも毎晩、体を欲するようにしてしまったのはそなたたちの仕業であろう」
「勝手に紫の実を持ち出したのは悪かったよ、でも、誰も相手にしてもらえなくって今晩、1人で悶え死んだらどうするのさ!」
「おそらくあのお方を白竜はダルトギアに送ったであろう、ならばマリーやシャクナがおる、心配はいるまい」
「ダーリンがガルデス城で王様になってー、私たちだけここに残されてたらぁ、まるで私たちが牢屋に入れられたみたいですぅ」
「だな、懲役10年の空中牢獄だ、そうなったとしてもその処罰を下したのはあのお方という事になる、ならば刑期を全うするしかあるまい」
今度はあのお方がそれについてどうしようと好き勝手にできるのだ。
「さて、私はミルに報告してくる、そなたたちはしばらく頭を冷やすが良い、もしくは脱出方法でも考えるのだな、無駄だと思うが」
心の奥では震え、怯えている、誰もいなければ泣き叫びたいくらいだ、
しかし待つしかない身である以上、粛々と待つのだ、今夜を、明日を、来ないかもしれない戻られる日を・・・・・。
集中し、細胞の1つ1つを調べているようだ、これは出直すべきか・・・
「お兄ちゃんもう行っちゃったぁ?昨日お姉さまの白竜さんから聞いたぁ」
という事は、あのお方が去ったことに気がつかなかったのではなく、
いなくなる事をすでに知っておるから、落ち着いて朝から研究をしておったのだな。
今朝、起きるといつのまにかあのお方の姿はなく、もう白竜が連れて行ったのかと慌てたが、
ミルの部屋から出てきて安心したのだった、きっとその時に直接の別れは済ませたのだろう。
「私が一番嬉しいのはぁ、お兄ちゃんが帰ってきてぇ、お城で一緒に住もうって言ってくれる事だけどぉ」
「だがあのお方がどんな形であれ、自分の選んだ意思で幸せになってくれるのが一番良い、といった所であるな?」
だがやれる事はやった、安心はしてはおらぬだろうが、ミルも腹を決めたのだろう。
「回復しておるのだから、人並みにレベルの近くまでは行けそうということか」
「これもぉ、ララさんたちのおかげですぅ、地上で漬けたスバランの紫の実を毎日食べさせていたからぁ」
「それがなければ種無しになってしまった可能性もありそうだな」
生殖能力を回復させた決断は命を救う次に大きな功績、と言ってもおかしくない。
頭を冷やせなどと言ってしまったが、4姉妹なりの判断とて正しい部分があるのも認めねばならぬな。
「・・・可能性は薄いが、ここに残っている者がすでに妊娠しておる可能性もゼロではないな」
「お兄ちゃんはぁ、きっと戻ってきてくれるのぉ、リリさんじゃないけどぉ、そんな感じがなんとなくするのぉ」
「ほう、ミルがそのような、感覚で物事を語るのは珍しいな、わかった、私もそれに賭けてみよう」
「待ちなさい!あなたは私たちの白竜として今日から仕えるのよ!」
「あの白竜の方がー、なんとなく言う事をきいてくれるような気がしますー」
「もうどれでもいいよ!ハプニカ様の白竜だって何とかなったんだ、新しい野良なら半年で慣らしてみせるよ!」
「あ〜枝の上ににげちゃったぁ〜、縄で罠でも作って待ったほうがいいのかなぁ〜」
操縦し地上へ降りるつもりのようだ、今の4姉妹なら本当にやってしまいそうで怖いな。
「・・・では私は4姉妹が放り出したであろう家事の続きをしてやろう」
日帰りはなさそうだが、今はそうする事でしかあのお方との繋がりは無いゆえに・・・・・。
4姉妹は1日中、白竜ハントをしておったため風呂を出てすぐ眠ってしまった。
私は屋上で、ランプ1つをぶら下げハンモックで横になる・・・風の少ない穏やかな夜だ。
もちろん4姉妹のように情念深く追いかけるのも1つの手ではある、
だが、すでにあのお方の心を引っ掻き回してしまった罪悪感が残り、
今は穏やかに自分を見つめ、あのお方への愛情を積もらせるしかない。
あのお方もどこかの、ガルデス城の屋上あたりで私たちの事を想ってくださっているのだろうか?
それとも地下拷問室でマリーあたりに媚薬の実の毒気を抜いてもらっているのだろうか、もしくはシャクナと・・・
いかん、嫉妬心で少し頬が熱くなってきた、股間も少々・・・いや、やめておこう、今、あのお方が戻ってきた時、汚れた手で抱きしめる訳にはゆかぬ。
「マリーとシャクナが、あのお方の心を解きほぐすとしたら・・・」
おそらく2人が反目しあってると見せて、実は最後は2人がかりで・・・ありえそうだな。
どちらにつくか迷わせる事で本当に大事なことを気付かせる・・・
シャクナが天使、マリーが悪魔か、子供の教育劇のようであるが、脚本がしっかりしておれば効果は高いだろう。
いや、それはあのお方の言葉を借りれば「ハプニカらしくない」といった所だろう。
だが私とて戦いでは策略を練り、小細工も勝つためにならばと効果的に使った、あまり使うまでもなく勝てたがな。
兄者を討った時は正々堂々とであったが、父上を討つのは4姉妹とミルと私で練ったトラップでしか勝てる方法は見つからなかった。
「そうか、あのお方が私らしいのを望むとしても、私が私である以上、私のする事が、私らしいのだ」
それは私にも言えよう、あのお方らしさ、あのお方ならこうに違いない、と
決め付けるのではなく、あのお方は本当はこうなのかと、認識を修正し、新しい発見もせねばならぬのだ。
なおかつ、あのお方に全てを受け入れてもらわなければならぬ・・・
湧き上がる情にもう片方の手で胸も慰め、股間の指はショーツの中へ・・・
「もうよい・・・もし今、戻ってこられたら・・・そのまま犯してしまおうぞ」
あの手この手で嫌でも愛を押し付ける・・・待て、それは私とて同じだったのではないのか?
おそらく、これは、相手の気持ちをどれだけ思いやれるかではないだろうか?
4姉妹は、自分たちがあのお方を愛していると信じてもらいたいがために突っ走った、
私はあのお方が私を愛しているはずという事をいい事に、そこにあぐらをかいていた・・・心の内も知らずに。
「相手が何を望むか、私が何を望むか・・・望むものは互いであるにもかかわらず・・・難しい・・もの・・だ・・・ああぁ・・・」
あのお方が求めるそぶりでもしてくれなくては、意味が無いのだ。
言葉と体で、たっぷりと・・・ああぁ・・・指が、指がこんなに入ってしまう!
はやく、はやくっ!早く戻ってきてほしいっ!な、涙が・・・涙が溢れて・・ううぅ・・・ぅぅぅぅうぅ・・・・
どうか帰ってきて欲しい・・・そして、私を求めて欲しい・・・お願いだ・・・・・
自分の小白竜をあやしつつ、10年はかかる調教を少しでも短縮しようとしている。
大戦の時、戦争に出た夫を送り出した妻はこんな気持ちだったのだろう。
もちろん私がそういう立場なら、共に出兵する道を選ぶが、それが許されぬならば、
心を押さえつけ、無理にでも穏やかにせねばならない、これがじわじわと心を蝕みそうで怖い。
「ラーナンや、ジュビライの妻の気持ちも、わからなくもないな」
「おいしい実いっぱいあげたのにぃ、お礼も言わないで行っちゃったぁ」
待つ身ではあるが、期待せずに待つ・・・難しいが、それが良かろう。
そして1日の蓄積されたモヤモヤは、毎晩自分を慰めて発散すれば良い。
ああぁ・・・愛しておるっ!会いたい!逢いたいいいぃぃぃ・・・・・